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シチェルが目を覚ますと、見覚えのあるようなないような天井が目に入った。

「おう・・・」

特に意味のない言葉が口から漏れた。次に何を言えばいいのか考えようとしても頭が回らない。シチェルは考えるのをやめて目を閉じ、再び眠りについた。


「なんか今しゃべはりました?」

「いや何も。リーダー、そっちの数あってるか?」

「あってる。やっぱ客の勘違いだなこりゃ。俺が詰めてくる」

「やめてください、あなたが行くと刃傷沙汰になりかねません。ここはわたくしが」

一太郎が納品した商品の数が足りないというクレームが入ったために在庫の数を確認し、間違いではないということを確認する余計な仕事が増えたことに、マウントポッポは最初から怒りを抑えるのがやっとという態度であった。結局、ヒーナが客先に説明に伺うことになったようだ。

ここは、新東京市に新しく開業した総合商店、朝霜商会。元船員の小松島隆二を責任者に据え、店舗の大きさに見合わない潤沢な資金力を背景に取り扱い商品を拡大しつつあるということで、新東京で最も注目されている業者だ。

朝霜商会が立ち上げられたのは半年前、ギガントサイクロプスの群れが新東京を襲った直後である。何せあの巨体だから、その死体を処分するだけでも莫大な手間と費用がかかる。かといって放置すれば腐敗し、無視できない悪臭と疫病の原因になるだろう。そこに朝霜商会を名乗る連中が、ガソリンをはじめとする膨大な量の油を持ちこんだのである。それは確かに、死体を焼却処分するには十分な量であった。新東京市は直ちにこれを購入せざるを得ず、かといって足元を見るかのような暴利をむさぼることもなかったために朝霜商会は一気に大手商店へと駆け上がった。

なお、この機会を逃さず数十樽の灯油を持ち込んで売りつけようとした商人が、当てが外れた原因となった朝霜商会に素性のよろしくない連中をけしかけ、穴だらけにされている。駆逐艦朝霜の倉庫に一丁だけ仕舞われていた百式機短の威力おそるべしであるが、予備の弾も弾倉もないために1度きりの使用で用廃となった。

「そろそろシチェルはんの体位変換の時間とちゃいまっか」

「あ、せやね。行ってきますんど」


駆逐艦朝霜の入渠整備には2か月を要した。本当は艦底部の清掃作業のみで済ませる予定だったのだが、思いのほか状態が悪かったために結局再塗装を要し、その塗料の調達から始めねばならなかったのが、予想外に長期化した主因である。

またしても小松島は物品調達に駆り出されることとなったのだが、これまたジェムザが大いに力になってくれた。新規に特定危険生物対策連携推進協議連盟基金と契約を締結し直し、新大坂で無事に目的の塗料の調達に成功した。中田と日峰は朝霜に戻ったが、金長とソトが新大坂に駐在して物品調達の現場責任者となった。

一方、小松島は最初の塗料調達後、秘密ドック近くに管理事務所を必要とするという理由で小さな貸店舗を借り、以前適当に名乗った朝霜商会の屋号を掲げた。駆逐艦朝霜の維持に必要な物品の調達を命じられ、下艦したのである。

主に新大坂との取引が多いのだが、専属の護衛に一太郎のパーティが名乗りを上げてくれた。新メンバーマウントポッポがリーダーとして板についており、ケガから復帰したリトを含めた4人で荷物や金品の護衛を担当して何度も新東京・新大坂間を往復している。なお、これを東海道急行と名付けたのは中田である。

新大坂に着くたびにソトが外出中で、いまだに一太郎とはすれ違いが続いている。


「シチェルはーん、ムセンキもってきましたえー・・・嘘やけど」

意識の戻らないシチェルは朝霜商会の2階に寝かされている。どう考えても死んでいるはずの状態で命が続いているのは、ウシアフィルカスの魔法の効果以外に考えられないとルアーブルは断言した。

『朝霜艦が受けた損傷は致命傷ではあったかもしれんが、沈むほどではなかったのじゃろ?ならばシチェル殿に転嫁されたダメージも、死ぬほどではなかったのかもしれんのう。直後の手当てが適切であったがゆえに持ちこたえられたんではないかの?』

仮説じゃがな、と最後につぶやいたルアーブルであるが、結局のところ確かなことは何もわかっていないのだ。

「あれ?誰ぞシチェルはんの手ぇ動かしましたん?」

褥瘡予防のため定期的にシチェルの体を動かし圧力分散を行っているのだが、前回の体位変換時には両手とも胴の横に置いたはず。だが今は左手が臍の上あたりに置かれている。しらねの記憶にある限り、誰も2階へは上がっていないはず。

「・・・もしかして、自分で動きはりました?」

だとしたら、シチェルの眠りが少し浅くなっているということだろう。つまり、目覚めが近い。

「主はんが戻られるまでに起きなはれや?」


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