199
「おや?何じゃ?」
ルアーブルはいつものように畝傍艦内で時間を潰していたが、突如陰ったのに気付き窓の外を見た。そこには、畝傍のほかには見たこともない鉄製の船がゆっくりと停泊しつつある光景。
「な・・・何ぞこれは」
事前連絡なく突然入渠してきた謎の軍艦に戸惑ったのはルアーブルだけではなかったが、掲げられた旗と鉄の船体を見て察しない者はこの場にいなかった。
「皇室海軍?これが話に聞いていた朝霜艦か!」
艦上からロープが投げられた。ドック作業員らが慌ててそれを受け取り、ボラードに括り付ける。
全長98メートルの畝傍と119メートルの朝霜が並ぶと、数字以上の差を感じる。何より、その設計思想そのものの違いが異様なまでに強調されていた。畝傍は船に武装を施すことで戦闘艦として使えるようにというコンセプトに縛られた船だが、夕雲型駆逐艦は初めに武装ありきでそれをいかに効率よく搭載するかを考えて作られた船である。設計時と多少形が変わっているが、それでも『敵艦隊に突撃し砲雷撃戦によって殲滅する』というコンセプトは維持されている。まさしく未来の舟であった。しばらく呆けたように眺めていたルアーブルだが、すぐに正気を取り戻すと医務室へ走った。一応人払いはされているが、立ち入り禁止になっているわけではない。
「小松島上等兵殿!朝霜艦が到着しおったぞ!」
「え?来ちゃいましたか?なんで」
いろいろいっぱいいっぱいになっているときに不意打ちのごとくもたらされた情報に一瞬言動が怪しくなったが、そちらをおろそかにしていいはずもなく、小松島はシチェルを残して医務室を出た。甲板に上がるとちょうど朝霜が畝傍の対岸(と言っても間は5メートルもない)に係留されたところである。
そして、朝霜後方から内火艇がほぼ全速力に近い速度で迫ってきていた。
「お、主はーん!」
しらねが小松島の姿を見つけて手を振ってくる。しらねが秘密ドックにやってくるのはマーメイド族に案内を頼むことに成功したからであって不自然ではないのだが、朝霜の艦載艇に乗ってやってくるのは全くの予想外。
「おお、あんな小型の内火艇もあるのか。小回りが利いて便利ではないか」
ルアーブルが感心していると、内火艇は朝霜ではなく畝傍の方に横付けしてきた。
「上等兵殿!」
「中田か!おっと、金長と日峰もいたか」
ついでにソトもいた。港の倉庫で重油の管理を任せたはずなのに、なぜここにいるのかが小松島にはわからない。
「上等兵殿、艦に戻って互いの情報をすり合わせようと思うのですがいかがでしょうか」
「む、確かにそれがいいかもしれん。言いたいことも聞きたいこともいろいろあるしな」
シチェルを一人で残していくわけにもいかないので、赤坂軍医に再度医務室待機をお願いしておく。ついでに、どうやらルアーブルも朝霜に乗ってみたいようだ。
「ウシアフィルカスの呪いで下艦できないのでは?」
「あの程度の距離なら大丈夫じゃろ」
秘密ドック内ならギリギリセーフらしい。小松島とルアーブルは甲板から内火艇に乗り移る。
「この下り方は久しぶりだな・・・」
どうやって降りるのかと言うと、実はごくシンプル。縄梯子で降りるのである。もう少し新しい時代の艦になると、海に突き出した棒から縄梯子を垂らす装置が装備されているのだが。
一方、内火艇から朝霜に乗り移るのが意外と大変だった。舷梯、すなわち簡易な階段を使って上るのであるが、その舷梯は正常な吃水までしかない。軽くなって浮かび上がった状態では、舷梯の一番下の段が小松島の顎の下あたりにあるのだ。足場も使わずこれに這い上がるのは少々困難を要した。
「進化したようで退化しとるのではないか、これは」
ルアーブルにいたっては最下段が頭の上にあるわけで、手伝いなしでは上ることすらできなかった。わけあってこういうことになったのであるが、そのわけを説明できる者がここにはいなかったのである。しかし、金長らはこの様子を見て、朝霜が秘密ドックへの回廊を通過できたわけを察していたのだった。




