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「まずい、そろそろ問題の部分だ」

朝霜はすでに秘密ドックに伝わる回廊に侵入しようとしていた。もっとも吃水が浅くなっている部分はその直後の箇所であり、回廊に侵入した時点でアウトと言ってよい。しらねが届けてくれた海図を信じるなら、金長の言葉はすでに手遅れを意味していた。なぜなら、船は止まりたい場所でブレーキをかければ止まってくれるわけではないからだ。事前に減速し、止めたい場所に到達する時点で速度をゼロにするよう加減しなければならないからだ。映画などでは全速航行中でも錨を降ろせばその場で急制動がかかるような描写があるが、あれはフィクションである。実際にそれをやっても、走錨(船が錨を引きずって移動してしまう現象)を起こすだけだ。水上機母艦秋津洲が開発した爆撃回避法は停泊中に投錨しておくため、これなら走錨を起こしにくい。

「朝霜、止まりません・・・」

そして、ついに駆逐艦朝霜は、回廊の最も浅い部分に差し掛かった。乗員の練度も怪しいまま曳舟も使わずに低速で狭い通路を往くというのは、それが成功するだけでも奇跡である。


シチェルの治療は、思ったより短時間で終了した。回復魔法を使ってくれた魔法使いが医務室から出てくると、待っていた小松島に声をかけた。

「お入りください」

小松島は表情で察した。入室すると、最後の献血者が部屋から出ようとするところだったので道を譲る。お互いに無言で会釈してすれ違った。

「まあ、間に合った・・・といえば間に合ったんだがなあ」

赤坂軍医が手を消毒しながら沈黙を破る。そのあとの言葉を慎重に選んでいるようであったが、やがて続きを口にした。

「夜まではもつ、と思う。あとは知らん」

「・・・ありがとうございました」

「呼び寄せたい奴はおるか?」

それはやはりしらねとジェムザであろう。だが、どちらも今は別行動中で連絡が取れない。

「事後報告になると思います」

「さよか」


金長たちが見守る前で、駆逐艦朝霜は全く動きを乱すことなく回廊を進んでいった。

「あのあたり・・・だよな?」

金長は海図と目の前の光景を見比べつつ、隣の中田に意見を求めた。

「ですよね」

「あってんのか?この海図」

「せやかて、うちとマーメイドはんらで直接見に行ってきたんどすえ?」

種明かしをすると、実は金長が発したギガントサイクロプス出現の通報が朝霜を救っていたのである。

まず、呉を出撃した時点での駆逐艦朝霜は燃料弾薬共に十分量を搭載していた。つまり、もっとも吃水が深い状態である。だがその後、坊ノ岬沖で米軍機と交戦。砲弾こそさほど消費しなかったものの、少なくない燃料を消費したうえ被弾によって魚雷が誘爆し黄泉の世界へ異世界転移を果たした。第三新東京港入港後に第2主砲を撤去、吹き飛んだ機銃座を撤去、第3主砲外装を撤去・・・と、重量物の多くを降ろす工事を行った。また、第2主砲の撤去によりわずかながら艦前方より後方のほうが浮き上がるようになったためバランスをとる目的で穴だらけになった魚雷発射管覆も撤去。これにより吃水は相当上がっていたのだが、とどめとなったのが燃費無視での高速航行である。艦の挙動が変わるほどの軽量化を果たした結果、吃水が3.4メートルを割り込んだ。このため、秘密ドックへの回廊を通過するのに支障がなくなったのである。

「完全に通過・・・した・・・な?」

「しましたね」

「してはりますわ・・・どういうことやろ?」

それらの事情を知らぬ金長一行は戸惑っていたが、朝霜の姿はすでに秘密ドック内に消えつつある。ギガントサイクロプスの撃破が朝霜のおかげだと気づいている人らが声を上げて歓迎しているのが聞こえてくる。

「とにかく、早く艦に戻ろう」


「前方に船影、報告にあった軍艦畝傍かと」

「実物を見るのは初めてだな」

そもそも日本にたどり着くことなく姿を消した艦なので、見たことがある日本人自体がいないのであるが。

「少し取り舵」

朝霜は畝傍の横に並ぶように、ドックに入っていった。


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