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金長一行からの救援要請を、朝霜側でも軽視していたわけではない。だが、30ノットを超えるか超えないかあたりで左タービンの異常な振動が起きるため、全速発揮は不可能だった。

「第一新東京港、見えました。巨人がひとつ、ふたつ・・・数、5」

実際にはもう少し多いのだが、市街地方面に散った個体や死角に入っている個体もいるため観測できたのは5体のみだった。

「狙い撃てるか?」

「さすがにこの距離では・・・」

一応射程圏内ではあるのだが、当たるかどうかは別問題だ。何せ外せば砲弾が人口密集地に落ちるのである。この時代の軍艦の砲撃はそれほど当たらない。現代であれば海上保安庁の巡視船みずきが小型船をスキャンしてエンジンの位置を特定、射撃し破壊するということもやってのけたが、駆逐艦朝霜にできる芸当ではない。

同時代であれば巡洋艦筑摩が航空母艦赤城の頭越しに目標船舶を砲撃し撃沈するという離れ業(もはや曲芸)をやってのけたこともあるが、これはそもそも駆逐艦らの砲撃が当たらな過ぎたことに業を煮やしての行為であると言われている。冒頭でロックタートルを射撃し初弾命中させたのは目標の巨大さ故であるから、今回の事例と同列に扱うわけにはいかない。

「第一主砲、ありていに聞く。何メートルなら当てられるか?」

「ご・・・いや、さん・・・三千!」

港まで3キロの位置まで近づかないと狙撃できない。零距離射撃だ。なお、零距離射撃のことを、砲口を目標に押し付けて発射することだと誤解している人は少なくないがこれは誤りだ。仰角ゼロ、つまり水平に発射しても当たる距離で発砲することを指す。

佐多艦長は決断を迫られた。その時、無線係からの報告が入る。

「金長一等兵より・・・その」

「何だ」


「これより無線機を破壊し拠点を放棄する、以上!サクラサクラ」

もうギガントサイクロプスはその歩幅なら数歩と言うところまで迫っている。幸いというか、エサが豊富にあるため立ち止まってくれているがそれも時間の問題だろう。

「機密書類、焼却します!」

「阿呆、油の倉庫で火を使うな!手順通り海没処分しとけ」

この倉庫には重油の詰まった樽がいっぱいある。重油はガソリン程容易には引火しないが、一度燃え始めると鎮火するのは難しい性質を持っている。当然、火気厳禁だ。無線機を破壊し機密書類を窓から海に投げ込み、倉庫の外に出た。ギガントサイクロプスの影が迫る中、その足元をすり抜けてこちらに駆け寄ってくる人影があった。間一髪である、少しでもタイミングがずれれば踏みつぶされていただろう。

「あの、金長さん!黒崎さんです!」

「黒崎?誰だ?」

ソトはその人物を知っているようだ。相手もこちらに気付いたらしく、一直線に向かってくる。すると、肌の色が緑であることがわかった。よく見ると肌ではなくほぼ同色の服であるが。

「はー、はぁー・・・ギリギリやったあぁー・・・」

全力疾走でたどり着いたらしく完全に息が上がっているが、今は一刻を争う時である。呼吸が整うのを待たず、用件を切り出してきた。

「黒崎、しらね言います、小松、島、隆二はんとぉ、いっしょにおりました」

そういえば小松島上等兵に馬車を持っていかれたときに御者をしていたのがこの人だった。名前までは聞いていなかったが。

「すまんがもうここは捨てる、巨人が迫ってるからな」

「けんど、ドックの大きさを調べて報告せえて、言われてまして」

しらねはマーメイドたちに調べてもらった情報を元に、入江からドックまでの海路図を作成していた。とはいえ素人の作図であるから基本も何もあったものではないが、必要な情報は書き込まれている。朝霜が第一新東京港へ向かうために必要な海路図はルイナンセー氏から受け取っていたが、第一新東京港から秘密ドックまでの海路図は手に入っていない。しらねが持ってきてくれた図は間違いなく朝霜にとっては宝物だった。

「感謝する、だが今はとにかく逃げることを考えよう。行くぞ!」

人がたくさんいるが密集しているというほどではない。前はギガントサイクロプス後ろは海と、逃げ場を失い追いつめられた人の集団だ。

「海に逃げる!空の樽か何かを見つけて使え!」

貨物港であるから樽や箱はいくつもある。中身がないものを浮かべればなんとかなるだろう。ギガントサイクロプスが泳ぎの達人でないことを祈る。

「黒崎さんはこれ使ってください!」

ソトが太い角材を指すが、しらねは首を振った。

「あきません、緑人は海水に浸かれませんのや」

「じゃあこれにしろ」

日峰が、人が寝ころべる程度の木箱を譲ってくれた。中身はどうも象牙だったようでそれなりの貴重品だが、取り出して放置する。

「おおきに!」

しらねが木箱ごと海に飛び込み、先行した中田が曳いてくれた。それなりに泳ぎがうまいようだ。そのあとで金長、ソト、日峰も適当な浮遊物を見つけて飛び込んできた。急ぎで岸壁から距離を取る。

「巨人の手が届かない程度に離れておくぞ」

何人かは金長らのように海に逃げ込んだようだが、埠頭に残った人らの運命はギガントサイクロプスのエサになる以外になかった。

「間一髪だったな・・・」

どうやら海までは追ってこられないようで、目に付くものを食べ終えたギガントサイクロプスは陸側に引き返していった。

「もうしばらくここで様子見だ」

すぐに戻るわけにもいかないので、金長は中田たちに待機を命じた。そこで、握りつぶしてしまったしらねの報告書のことを思い出す。

「これ、どうやって朝霜に届けりゃいいんだ」

無線機は破壊済みだし、今の第一新東京港は船が入港できる状態ではない。とりあえず中身を確認するため開いた金長は、少し読んで凍り付いた。


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