189
ギガントサイクロプスの特徴は、とにかくでかいことだ。それゆえに遠くからでも発見が容易なので、さっさと逃げて距離を取ればよい。
「あんなにでかいのか」
金長たちも、新東京市内からその巨体を目視できた。
「いっぱいいる・・・あんなの、見たことありませんよ」
「ソトでも見たことないのか?」
「聞いたこともありません」
まわりの人たちも未知の光景に呆然としたり慌てたりと、新東京市はすっかり平常を失っていた。
ただちに、これを迎撃するための冒険者たちが緊急招集となった。しかし、全くと言っていいほど反応がなく、応募してくる者は皆無であった。無理もない、ギガントサイクロプスと戦えるほどの冒険者はほとんどいないし、いたとしても複数を同時に相手取るなど不可能だし、そもそも今は新横浜の復興と油石の大規模買い取りのクエストに冒険者たちのほとんどが駆り出されていて人手が足りないのだ。
「あの、一等兵殿。朝霜に連絡を取ってみては?」
「連絡してどうすんだ、あれを撃つのか?」
「他に方法があるとは思えません」
金長は少し考えたが、少なくとも手持ちの武器では手に負えないのである。答えはひとつしかなかった。
「艦長、金長一等兵から緊急連絡です。新東京に巨人が出現したと」
「巨人じゃわからんが」
「ソトの話では、生半可な武器では対抗できないような相手だそうです。本艦の主砲であればなんとかなるのでは、と」
朝霜はこのときすでに第三新東京港を出港しており、第一新東京港に向かっていた。ナナナミネー号らは鈍足であり、機関不調の朝霜でも十分に船団が組めた。出港時には総鉄製の船が動くということで入港時と同じかそれ以上の大騒ぎになったが、あらかじめ船員座にそのことを予測して対処するよう申し入れていたために、騒ぎにはなったものの大きな混乱は起きていない。
「到着まで時間を稼げるのか?」
「無理っぽいですね。とにかく逃げ回るしかないと言ってきています。見捨てるわけにもいきませんが?」
「・・・曳航索が持つかな?」
朝霜の艦尾からは、後続のナナナミネー号の舳先につながるワイヤーロープが垂れ下がっている。いざというときは加速して引っ張ることになっていたのだが、結局最初から繋いで航行することになっていた。とはいえ、さすがに全速力で突っ走ることを想定した物ではない。漂流する米空母ホーネットの曳航を命令された駆逐艦秋雲と巻雲が、2隻では無理だと判断して撃沈したことはあるが、さすがにそれと比べるにはナナナミネー号は小さすぎる。十分にもつだろう。
「やはり救援に向かった方がいいだろうな。ルイナンセー氏に、今から増速すると伝えろ」
もちろん無線や発光信号が伝わるはずもない。連絡は手旗信号で行われた。
「25ノットまで出せるか?」
「やってみます」
現代の車と違って、駆逐艦はアクセルを踏んだだけでスピードが出せるようなものではない。缶圧を上げ、タービンの回転数を上げ、手動でクラッチ切り替えを行ってスクリューの回転数を上げるのだ。日本海軍の駆逐艦はこのあたりの操作が難しく、満足に動作させるには熟練の技術を要した。戦後、巡洋艦酒匂を回航しようとしたアメリカ海軍の操縦員が下手くそであったためにこの操作で失敗し、タービンを破壊するという事故を起こしている。マニュアルを読んでいれば避けられた事故ではあったのだが、マニュアルを読めるよう教育するのが当然だった日本と、マニュアルが読めなくても動かせるものを作るのが当然だったアメリカの方針の違いのせいでもあるだろう。
「案外安定していますね、これなら27ノットでも大丈夫かもしれません」
「上げてみよう」
思いのほかタービンの回転が安定していたため、様子を見ながら速度を上げていく。
そして、あらかじめ増速が伝えられていたナナナミネーであったが、未知の領域と言ってもよい加速に驚き、船内は阿鼻叫喚であった。
「な、何があった!」
「アサシモ号、増速しています!間違いなく10ノットを超えました!」
「なんとまあ」
ルイナンセーよりも弟のルイナントカのほうが、落ち着いて状況を理解していた。
「何かあったんでしょうかね?」
兄が読んでいた本がすっ飛んできたが、気にせず窓の外を見る。同航していたデッチー号があっという間に後方に消えていった。




