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シチェルの指揮で、ジェムザが集めた作業員たちが墨油を作る現場に、小松島が集めた作業員たちが合流した。
「少ないな・・・」
だが、予定していた人数にはかなり足りない。半分にも満たないだろう。一太郎とヒーナも油石集めに加わったが、それでおっつくものではない。
「ジェムザ、これで全員か?」
「ああ、すまない。これだけしか集まらなかった。新横浜の復興に人手を取られているらしくてな」
「こちらも当てが外れた。新京都には人が余ってると聞いていたが、思いのほか話に乗ってくれなくてな」
「これじゃ間に合わないんじゃないか?どう思う、シチェルは」
「あー、そうだな。採掘要員が全然足りねぇ。単純に人手不足で作業が進まないって感じだな。もう一回集めに行って来たらどうだ?」
「集まらない理由が理由だからな。あまり変わらないと思うが」
冒険者たちは基本的に一攫千金の仕事が好きだ。だから、今回の油石大量買い取りの話にも簡単に乗ってくれると予想していたのだが、他の仕事に回ってしまったのでは勧誘も難しい。
「・・・仕方ない、とにかく作れるだけ作ろう。俺も採掘に回った方がいいか?」
「いや、隆二は運搬のほうを手伝ってくれ。あの自動で動く舟、隆二ならうまく扱えるだろ?」
内火艇には油を満載して第一新東京港まで届ける役目があるが、これをうまく扱える人がいない。今は単に動かせるというだけの操作員が担当しているが、慣れた人がやったほうが効率的なのは当然だ。
「わかった、じゃあそっちに回る」
「私はもう一度声をかけてみよう。新横浜では期待できないし、新大坂に回ってみる」
役割の見直しが決められ、また各自がやるべき仕事のある場所へ解散した。
採掘現場のほとんどは遺跡内から掘り進めた坑道である。少しずつ下の方に掘り進めていく原始的な方法であるが、油石の鉱脈はかなりの規模であり全く困ることはなかった。問題は、遺跡から離れると水を恐れる魔物がこれ幸いと襲ってくることである。それを避けるためには、そもそも坑道内への侵入を阻止することが絶対に必要だった。冒険者の一部はこちらに配置され、魔物らと戦っていたのだが。
「一太郎、右のビープラント!」
「了解!」
「ヒーナ、ヒーリング用意!そこのファイアボアやりにいく!」
「わかりましたわ!」
意外なことに。本当に意外なことに、マウントポッポが大活躍であった。
「マウントポッポ!右の陣形が崩れた!」
「ライナの班を回してカバーさせろ、抜けた穴はドゥイヌンに踏ん張らせる」
一太郎パーティのリーダーポジションと認識されていたが、実際一太郎もヒーナもその指揮に不満はなく、なんとなく従っていたために既成事実化していた。
「ユラ!正面のファイアボアの増えた分!」
「無茶言うな、あの数はどうしようもない!」
「削れるだけ削れ、あとはこっちでなんとかする!一太郎の魔法のあとで突っ込め!」
防衛線を下げれば守りやすくもなるのだが、そうしない理由はやはり戦果拡大である。ぶっちゃけレアモンスターが入れ食い状態で、貴重な素材が採り放題。安全第一で油石取りに精を出す冒険者もいたが、こちらに志願する者も少なくはなかった。そして、これほど豪勢にトラップを使える戦場などめったにない。
「ガソリン散布用意完了」
「よーし、一度引け!一太郎、点火用意!」
「わっかりましたー!」
マウントポッポのハンドサインを見た各班が後退を始める。全員があらかじめ定められたラインまで下がったのを確認して、号令を発した。
「やれ、一太郎!」
「点火ぁー!」
次の瞬間、音すら吹き飛ぶほどの大爆発が起きた。風魔法を数人で調整してガソリンを気化、かつ空気との混合比を調節。最適化された状態で一太郎が火をつけたことにより、辺り一帯の酸素が燃やし尽くされた。冒険者たちの呼吸に必要な空気は魔法使いたちが確保しており、十分に後退していれば巻き込まれることはない。気化燃料爆弾を魔法の人海戦術で再現した、この黄泉の世界で最大の火力である。
「俺らでもできるもんなんだな・・・」
新大坂の軍隊がスタンピード中にやったやつの、さらに火力アップ版だ。連携の取れた精鋭部隊でなければ不可能な魔法を、マウントポッポが魔法使いの頭数で再現して見せたのだった。魔法使いのひとりがぽつりと漏らした言葉は、全員の気持ちを代弁していた。
「損害報告!」
こういうものは燃やして終わりではない。魔物は全て焼き払えただろうが、死傷者が出てしまっては失格である。が、退避命令が確実に伝わっていたため、この爆発による被害は出ていなかった。
「贅沢な攻撃しやがんなあ・・・」
ガソリンをこれほど潤沢につぎ込める戦場など、まずない。今回は重油のみが必要なので副産物のガソリンの捨て場に困るほどだったのだ。シチェルのつぶやきどおり、極めて贅沢な戦術であった。
だが、その副産物も大きい。熱には耐えたが酸欠で息絶えたファイアボアがごろごろ転がっている。
「無傷の毛皮が採り放題だぞ!」
熱に弱い部分が焼き尽くされ、頑丈な外殻のみが残ったビープラント。
「解体の手間が省けた!傷も少ないし、これは高く売れるぞ!」
いつの間にか戦場に紛れ込んでいたサイクロプスはかろうじて息があるようだが、もはや戦う力は残っていない。
「よし、とどめさせ!」
「アースボアみっけ!」
貴重で高価な素材が採り放題。まるで祭りである。




