166
一同は馬車で新横浜の旅人座を出発した。夕方近くであり、東側の門が閉まる前にという考えだ。
東に進むにつれて、町の被害も大きくなってきた。
「このあたりにメガアースボアの群れが突っ込んできたんですよ」
こともなげにヒーナが言うが、10メートルのイノシシ型の魔物である。それが群れで突っ込んできたというのは、もはや肉の津波だ。
「おっとろしいことになっとりましたんやなあ・・・」
「あー、ほんまよういわんわ」
御者のしらねとリトも、その恐ろしさを想像して身震いする。北の方、遥か向こうまで素通しの空間が広がっている。群れが通った後には何も残らなかったのだ。
「前の市長が、北側バリケードの強化予算を削ったんですの。事業仕分け計画という予算見直し事業の一環として」
「そのせいでこんなことに?」
「私見ですが、たとえバリケードが強化されていたとしても結果は変わらなかったかと」
「まあ、それはそうかも・・・しれないなあ」
ちょっとやそっとの強化で防げそうには見えない。1本のつまようじはたやすく折れるが、3本まとめてもやっぱり折れるのである。
「このへんは黒焦げでんな」
何もない空間の次は黒焦げの空間だ。燃え残り方が不均一であることから、大規模魔法で焼き尽くした跡ではなさそうだ。メガアースボアに随伴してきたファイアボアあたりが暴れこんだのだろうか。
「ちょお遠回りしますんどー」
しらねが馬車の進路を変更。主通りが通行止めになっているらしい。迂回路が用意されているので迷うことはなさそうだ。結局、ボアの群れが突っ込んだあたりが一番被害が大きかったらしい。そのあとは多少建造物が破損していたり、道路が大きく陥没していたりという程度であり、東門閉鎖には間に合った。
「今回は何事もなく通過できるな」
「面倒なのに絡まれることもなかったな」
門には例のごとく新市長の顔の絵が大きく飾られているが、無難が一番なのである。簡単なチェックのあと、一行は新横浜を出ることができた。
「あー、これはひどい」
門の外はもともと大したものはなかったが、新京都が遠くに見えるようになっている。膝か腰より高いものは人工物も自然物もことごとく壊され倒されていた。かろうじて道と呼べるものが残ってはいるが、その左右にはごみが積み上げられている。と言っても生ものはなさそうなので、いわゆる災害廃棄物だ。
「新京都までは迷わず行けますわよ」
「確かに、これで迷えぇ言われてもできやしまへんなあ」
何せ目的地が見えているのである。以前一行が逃げ込み、火に追われた山も遠くに見える。
「とりあえずヒーナ、後方警戒な。俺が側面」
「了解ですわ」
「馬車はこのまま前進、止まるなよ」
「何かありましたん?」
「よくあることだ、たちの悪いのに目をつけられた」
お世辞にも治安がよいとは言えない新横浜である。おまけに新京都から失業者が流れ込んだ直後。野盗の類はそこらじゅうにいるはずだ。
「しらね、まだナイフ持ってたな?」
「一応下げてますえ」
スタンピード時に他の冒険者からもらった短剣が、しらねの唯一の武器だ。小松島はルガーP08をしらねに貸すことも考えたが、使い慣れるまでに撃ち尽くすと考えてやめた。自分の三八式小銃を発砲可能な状態にするのみにとどめる。
「こうやって、あからさまに威嚇しておけばたいていの連中はあきらめる」
満州国(太平洋戦争前に建国され、停戦直後にソ連の侵略により消失。現在の中国東北地方あたり)では鉄道列車ごと盗賊団に襲われ収奪されることもあったが、襲われない列車もあった。それは、カーキ色の服を着た人物が貨物車両に立っている車両、つまり日本軍が警備している車両である。
「敵の姿は見えんが」
「隠れ方はうまいみたいだな」




