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馬車は夜を徹して走り続けた。駅で契約した御者は初老の男性で、数十年御者一筋の大ベテランだった。ぶっちゃけ、しらねの運転より丁寧で乗り心地が良かった。
「たぶん亜人さんだな」
「ん?」
「獣人の血が入ってるみたいだ。いい人に当たったな」
獣人系だと何が当たりなのか小松島にはわからなかったが、夜目が利きやすく鋭敏な感覚を持っているために夜間の馬車操縦を苦も無くこなせるのである。ジェムザがどこを見て獣人系と見抜いたのかというと、まあ経験である。夜明け頃には遠めに新横浜を臨む位置まで移動できた。
「ろくに眠れなかったな」
「新横浜に着いたら少し休むか?旅人座の位置はわかるが」
「本当は先を急ぎたいが、さすがに辛い。休める場所を手配してくれ」
「わかった」
ジェムザは御者に旅人座に向かうよう伝えた。
「スタンピード後に新横浜に入るのは初めてでさ」
「じゃあ、何か変わってるかもしれないな」
「選挙もありやしたしね。西側はともかく東側は結構大規模に破壊されたと聞きやす」
「魔物にか?人にか?」
「両方でさ」
選挙後の混乱というのはかなり大きかったようだ。金長一行が滞在していた頃はもっとひどかったのだろう。とすると、あれだけ長い間足止めされたのも仕方のないことだったかもしれない。
完全に日が昇るころには、新横浜を警備する兵たちの顔が見えるぐらいの距離まで近づけた。新横浜を囲む壁は近づいてみてもきれいなままだった。西門で手続きをして、以前は追われるように(追われたのだが)逃げ出した新横浜に再び足を踏み入れる。
「・・・それほどひどくはないようだな、西の方は」
いくつか破壊された建物がある、という程度だ。その破壊ぶりも建物が原形をとどめており、破壊というよりも火災のあとのようだ。
「旅人座は東寄りだからな。そのあたりは被害が大きかったんじゃないかな」
「おそらくそうでげしょう」
町を行き交う馬車は小松島一行のものばかりではない。活気があるようで、とてもスタンピードのあととは思えない。時々、人の顔を大きく描いた馬車が見かけられる。
「ああ、何なのかと思ってたらあれが新市長の顔か」
「そうなのか?」
「顔の下の標語に聞き覚えがある。そうか、旧市長の前任者が現市長なのか」
「ほな返り咲きなはったんでっか?」
「だな。前市長に一度政権を奪われて、今回奪還に成功したってことだ。つまり、試しに政権交代してみたらだめだったから戻したってことだな」
「有権者、適当すぎるだろ・・・。もうちょっと考えて投票しろよ」
旧市長のひどさをよく知っているが政治に無関係な立場の小松島だからこそ出てくる感想だった。だが、半世紀以上たった後、メイジニッポン皇国でも大日本帝国でもない日本国で同じことが起きるとは当然小松島も予想していない。
「とはいえ、この目立ちたがり屋ぶりを見るに、政治家としてはともかく一個人としてはお近づきになりたくないな」
「なるべく関わり合いにならないように行こう」
馬車はさらに市街を東に進む。やけに野焼きが多いが、いろいろと燃やさねばならないものが出たのだろう。
「あー、このあたりから被害が大きいのか」
明らかに破壊活動が行われた地域に踏み込んだようで、損傷した建物と原形をとどめていない建物が入り混じるようになった。
「新大坂とはえらい違いや、ほとんど戦うたことがないんやないやろか」
「兵の練度の差ってことか?まあそれはあるかもしれないが・・・」
「お客さん、そろそろ着きやすぜ」
旅人座は一応原形をとどめて残っていた。見たところ機能にも影響は少ないようで、人々の出入りがある。馬車はその正面で停まった。
「ここでよろしいか」
「ああ、ここでいい。追加料金はあるか?」
「ござんせん」
御者には基本料金を駅で支払い、延長や割増、追加サービス料金等を目的地で支払うという契約だった。今回は何事もなく到着したので追加請求もない。安全で丁寧な運転に礼を言い、御者にはここで降りてもらった。




