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第一新東京港から畝傍の秘密ドックに入る道は、シチェルとジェムザが知る丘の上の祠ルートとは別にあった。
「この入り江、開発したら便利そうなのに手つかずだろ?つまり、ここから船を出せるようになっているわけだ」
「もしかしてこの岸壁、作り物なのか?」
「ああ、裏から見るとハリボテになってるのがわかるぞ。人間用の通用口はこっちな」
岸壁を背にするように、丘の上の祠と同じものが設置されていた。これも扉を開けることで、隠しドックへの通路となる。
「入り口は他にもあるのか?」
「少なくともあと2つか3つはあるはずだが、私が知っているのはもうひとつだけだな」
この通路は短く、すぐにドックにたどり着いた。
「えーと、油石のあるところまで案内するんだったな?」
「ああ、だがリュージが戻ってきてからだ」
「じゃあ待たせてもらうか」
喫茶店で待ち合わせる感覚で軍艦畝傍を利用するフィリノであった。
ルアーブルと談笑すること2時間ほどで、小松島としらねが畝傍にやってきた。
「樽の調達はできそうか?」
「とりあえず50樽は在庫があるそうだ。即納可能なのは10樽で、残りは各地の支店からかき集めると。で、1週間以内に追加で50樽」
「足りなくねーか?」
「それは仕方がないんだ。だから、作った重油をなるべく早く朝霜に補給していくことにする」
朝霜の入港予定は未定だが、そろそろ確定するはずだ。遅くとも2週間はかからないだろう。
「いよいよ朝霜号が来るのか。楽しみじゃの」
「長くても1か月以内には。ではフィリノさん、シチェルを頼みます」
「ああ」
と、茶会には加わらずに立ち去ろうとする小松島にシチェルが慌てた。
「待ってくれよ、あたいだけでいくのか?」
「フィリノさんと2人だろ」
「そうじゃねえよ、隆二はどうすんだ」
「まず新横浜と新京都で人を集める。ジェムザが持ってる人脈を借りる」
「まあ・・・確かに人手は必要だしな」
「それから、新大坂でマーメイド族と会う」
「なんで?!唐突過ぎんだろ!」
「このドックが朝霜を受け入れられるかどうかわからん。水中の調査が必要なんだ。新大坂の地理と、マーメイド族の事情に詳しいしらねが必要になる」
「いやまあ、うちもマーメイドはんらのことは一般的なことしか知らんのんで、詳しいとゆーてええもんかどうか」
「うー・・・別行動かぁ・・・」
「樽はとりあえず港の倉庫に届くから、順次中身を詰めて・・・って、どこで詰める?」
「ああ、それはちょっとフィリノさんと相談しとくぜ。いい方法があるかもしれないからな」
「そうか、じゃあ任せる。行ってくるよ」
「あ、おう・・・」
理解はできたが納得はできない、というような態度だがシチェルは引き下がった。
「茶を飲む時間もないのか?」
「朝霜が到着後にゆっくりと」
「まあ、よかろう」
ルアーブルも小松島を引き留めるのをやめ、手を振った。
「では姉、シチェルを任せた」
カップに少し残っていたお茶を一気に飲むと、ジェムザも立ち上がった。
「引き受けておく」




