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数日が経過した。
旅館に船員座から連絡があった。新函館からの輸送船が到着し、荷物の受取人としてアサシモ号もしくはナナナミネー号の関係者を指定しているという。
「ようやく来たな」
ルイナンセーが手配した油槽船・・・もとい輸送船である。
「墨油って結構臭いんだけど大丈夫か?話聞いた限りでは相当な量を運び込むんだろ?」
「慣れてるから大丈夫だ」
「いや、隆二じゃなくてあっちのほう」
シチェルがくいっと指さしたのは、小松島が手配した荷揚げ要員だ。彼らは普通の港湾作業員なので船の荷物を積み下ろしするプロだが、普段扱う油は無臭かそれに近い物である。樽に詰めただけの石油を扱ったことなどないだろう。
「小松島さん」
船員座職員の四谷さんが声をかけてきた。第三新東京港の四谷さんの父だそうだ。あちらの四谷さんと違って種族は完全に人間であるから、母の方が動物系の人種なのであろう。
「ナナナミネー号の担当の方が来られました。荷物の譲渡契約についてお話をとのことです」
「わかりました」
船員座の中に案内され、さらに奥の個室へと通される。
「Aatusim Fletcher,ushid uzi Aatusim Komatsushima. Eht uuruk ubo Uraiepni MeijuNippon Iibien otiiruf Asashimo.」
「Eekoo ,ia iis. Suknas.」
四谷さんがベスプチ語で、個室で待っていた男性に話をした。小松島は嫌な予感がした。
「ナナナミネー号の渉外担当、アーツシム・フレッチャーです」
アーツシムは日本語で言う「さん」や「どの」にあたる言葉で、名前の一部ではない。さすがに大規模港の船員座に務めるスタッフだけあって外国語を使いこなせている。
「では、あとはお任せします」
四谷さんはそう言って退室した。部屋にはベスプチ語がほとんどできない小松島と、あまりできないシチェル。そして。
「Usian ulot otiim uuy, Aatusim Komatsushima.」
日本語ができないらしいナナナミネー号関係者さん。
「・・・『初めまして』は何だった?」
「えーと、スクナス・ロフ・ドッゴ、ウロト・アッワ・オツサーフ・オツカトノク」
間違いではないが、極めて丁寧な挨拶を引っ張り出してくるシチェル。このような挨拶は王侯貴族様や大司祭様あたりに挨拶するときの言葉で、日本語に訳すのであれば「我々に初めての出会いをもたらしてくださった神に感謝を」とでもなるか。明らかに大げさである。ルイナンセー氏に連れまわされている間にベスプチ語を覚えたのだが、上流階級の人同士の会話を聞いて学習した弊害だろう。
「重油を譲っていただき・・・いや、墨油?は何ていうんだ?」
「知らねぇ」
挨拶だけで会話終了。ふたりの語学力ではこれ以上の会話は無理だった。察したフレッチャーさんが口を開くも。
「Uulod uuy odiin aatirupaatnni?」
通訳が必要ですかと聞かれたが、小松島・シチェル共に理解できず。その時、応接室のドアがノックされた。
「主はん、こちらでっか?」
ジェムザと共に、船員座で諸々の手続きをしてくれていたしらねだった。用事が済んだので小松島のところに戻って来たらしい。
「しらね、ちょっといいか。ベスプチ語の通訳ができる人を探してきてくれ。会話が通じない」
「あー、それならちょうどええ方がおられますわ」
「Vespucci aatirupaatnii? Eekoo,ia nayk.」
しらねの後ろから姿を見せたジェムザがベスプチ語で介入してきた。
「Ia uma urufusuuy. Otnnuzi otti?」
意味は通じなくても、そのドヤ顔のおかげで何を言っているのか大体わかるのだった。




