152 151話ごろの朝霜
佐多艦長は風門機関長を伴ってナナナミネー号を訪問した。通訳のコスミオ氏に伝えたのは、重油の礼が第一の用件、今後朝霜が行動可能になるまでの日程についての相談が第二の用件、最後にナナナミネーが出港するまでの日程についての相談である。ルイナンセー氏はベスプチからガリアルに向かう途中だったはずだ。それがロックタートルとの遭遇で大幅に遅れているのだから、一日も早く出発したがっているはず。そう考えて問うてみると、案の定であった。
「とは言うものの、準備が不十分なまま再出発するつもりはありません。万全を期したいと考えてはいるのですが」
「不足しているものは何でしょうか?」
「恥ずかしながら全てです。船も乗組員も物資も、ウシアフィルカスも足りていません。本当なら1週間ほどでメイジニッポン皇国を発ちたかったのですが、今は2週間でも難しいという見込みです」
ルイナンセー氏が正直に現状を教えてくれた。朝霜側もそれに応えることにする。
「こちらは長期間にわたって船の手入れができていませんでしたので、久しぶりに総点検を実施したところ数々の不具合が見つかりました。手に負えない劣化についてはあきらめるとして、貝落としだけでも行いたいのです。でないと速力が出ません」
貝落としは時代や地域を問わず、外洋航行船の常識である。ルイナンセー氏にもその必要性は理解してもらえた。
「アサシモは大きな船です。ドックはあるのですか?」
「第一新東京港にあるという話を聞きました。重油の補給が受けられるなら尚更都合がいいので、そちらが第一新東京港に移動するのであれば同伴することは構いません。ですが、移動するには海図が必要です」
船は海の上を好き勝手に移動できるし、実際そうしている・・・と考える人もいるだろう。だが実際は浅瀬や海流の関係で航路が制限されることも多く、地上と違って目印になる建物もないために航行可能な航路を記した海図が必要なのだ。特に、その船(もしくはその所属組織)が初めて侵入する海域であれば、海図を入手するか自作してからでないと無駄な損失を被ることになる。実際に、パラオにて駆逐艦五月雨が浅瀬に乗り上げ、艦を放棄する羽目になっている。
逆に、朝霜の同型艦早霜は沈没寸前に意図的に浅瀬に乗り上げることで脱出の時間を稼ぎ、さらに「絶対に沈まない船」になったことで米軍の攻撃を一手に引き付ける囮として役立った・・・という史実もある。(脱出した乗組員はその後の陸上戦闘で全員戦死もしくは行方不明となったため、どこまで意図していたのかは不明。もしかしたら全て偶然の産物かもしれない)
このように、海の深さをあらかじめ知っておくことは、浅瀬を避けるにしても利用するにしても極めて重要なことで、海図なしでの航海は断じて避けるべきなのである。
「海図は我々も容易には入手できません。ですが、メイジニッポン皇国の海軍が先導してくれるので危険な海域に侵入することはないでしょう」
「朝霜の吃水でも、ですか?」
朝霜が安全に航行するために必要な海の深さは4メートル。ナナナミネーをはじめとした黄泉の世界の船の吃水はそれより浅そうに見える。つまり、メイジニッポン皇国海軍が無事に通れるとしても、朝霜が追従できるとは限らない。
「海図が無理なら、朝霜が航行可能な航路を先導できる水先案内人を必要とします」
「確かに、それは欠かせませんね。出港前に第一新東京港の船員座に連絡して、アサシモ号の情報を伝えておきましょう」
そのついでに、船員座に小松島隆二という船員が訪れたら朝霜乗組員であることを書き添えてもらうことにする。
「ああ、それともうひとつ。これはまだ確実な話ではないのですが、この時期はメイジニッポン皇国西側沿岸で無風状態の日が続くことがあります。その時期に重なってしまうと身動きが取れませんので、出港を遅らせることになります」
「わかりました」
帆船は基本的に風の向きに従って進むが、やりようによっては風に逆らって進むこともできる。しかし、無風であってはさすがにどうすることもできないのだ。天気情報を元に毎日天気図を作成していた大日本帝国海軍とは違うのである。完全に余談であるが、現在の朝霜では天気情報が入らないためこの天気図作成業務は停止している。




