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「まあ、このへんかなと」

ジェムザが選んだのはベスプチ料理の専門店であった。

「誰の意見も取り入れられてない気がするけど」

「それがそうでもない。たぶんなんとかなる」

というので入店してみたものの、店の雰囲気からしてすでに馴染みがない。腰ほどの高さほどもあるベスプチ様式の椅子には小松島が安定が悪いの上り下りしづらいのと不平を言い、見事なまでに肉料理一辺倒のメニューにはしらねが難色を示した。聞きなれない料理ばかりなのでジェムザに注文を任せたが、運ばれてきた料理の色合いにはシチェルが不安げな顔をした。

「これ食べても大丈夫なやつなのか?」

鮮やかな空の色をした肉は、本当に生物から採取されたものなのだろうか。もはや食べ物と認識するのさえ困難である。おまけに紫と橙の2色の掛けソースが交互にかけられて縞模様を作り出しているのだから不安しかない。

「まあ、香りは悪うないんやけど・・・」

「なんだっけ、キエツス・・・」

「キエツスフィブ。フィブという動物の肉を焼いたベスプチ料理だ。掛け汁はまあ、私の好みで選んだ」

小松島は慣れないナイフでキエツスフィブを2つに割ってみた。中まで見事に青々しく、中心に行くほど色が濃い。少々勇気のいる見た目ではあったが、思い切って全員で同時に口に運んだ。

「ん・・・なんかのフルーツの香りがするな。掛け汁は何を使ってんだこれ」

「イズネロとエゲバックだ」

「おおー、なんや覚えのある味や思たらイズネロでっか。汁だけ使うてゆうんは思いつかへなんだわ」

「うーむ、正直うまいな。濃い味付けじゃないのにしっかり口の中に残る感じだ」

「肉自体の脂が少ないよな?エゲバックって果物は知らないけど、こういう組み合わせならいけると思う」

おおむね好評だった。

「フィブってのはどんな動物なんだ?」

「大きさは・・・フォレストウルフよりだいぶ大きい感じだな。のそのそしてるから捕まえるのは難しくないんだが、力が強いから振りほどかれやすい。ベスプチでは食用として需要があるから大規模に人工繁殖してると聞いた。オッデルブに挟んで食べるのがあちらの労働者階級のはやりだってさ」

「さすがに詳しいな」

「そこに書いてある」

ジェムザの指した壁には、ベスプチ料理のうんちくがいろいろ書かれていた。

「あちらにもイズネロあるんでっか?」

「あちらってのはベスプチのことか?メイジニッポンのイズネロよりずっと大きいらしいぞ」

イラスト付きの解説のおかげでいろいろわかりやすい。フィブは4本脚の動物で狼というより牛に近い。イズネロは蜜柑のような果物で、エゲバックはキャベツのような野菜。オッデルブは丸く平たいパンなので、これで肉をはさむということはハンバーガーのような料理になる。

「えーと、『キエツス』が『焼く』だから、キエツスフィブは『フィブ肉焼き』と訳していいのか」

「まあ、そうなるな。あちらの発音だとフィブよりフェーヴと言った方が通じやすいこともある」

「あ、フェーヴなら聞いたことあるぜ。フィブと同じものを指してるとは知らなかったな」

小松島はベスプチ語の翻訳表は朝霜に置いてきたのである。日本語が通じるうえにガイド付きでメイジニッポン皇国を歩き回る小松島と、相手方が用意した通訳に頼りきりでベスプチの富裕層に位置する人物と対話交渉しなければならない朝霜の佐多艦長のどちらが翻訳表を必要としているかという問題だ。

シチェルはウシアフィルカスになったあとはベスプチ船籍の船に乗っていたのだからある程度は聞き取れるし話せる。もっとも、意思表示が求められる立場ではなかっただろうが。

「な?当たりだっただろ?」

シチェルとしらねの好みを同時に満たす料理、というのが小松島の注文だった。一切れも残ることなく食べ終わった皿を見れば、ジェムザの選択が正しかったことがわかる。

なお、フィブ肉は全てがベスプチからの輸入品である。お値段はお察し。


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