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雑貨屋の中を物色し続けると、書籍コーナーもあった。和綴とスクロール(巻物)がほとんどのようで、背表紙のついた現代風の本はないようだ。このことからも、メイジニッポン皇国が明治前半の日本人によって構築されたことがうかがえる。
本とは、植物を刻んで煮込んで乾かして作った紙を束にしたもののことであるが、しらねには特に忌避感はないらしい。小松島は海に関する本をぱらぱらとめくりながら言った。
「水中の調査をする方法が必要だな」
「おや、そうなるとうちの出番でっか」
しらねは長時間の水中活動ができるから、水抜き前のドックの内部調査をやってもらうことができる。畝傍の整備に使っていたのだから使える程度に整備されているはずではあるが、確認もせずに朝霜を入れるわけにはいかない。小松島はそれを念頭に話を切り出したのだが。
「頼みたいが・・・ひとりじゃ無理だな」
という問題があるので、やってくれとは言い難いのであった。
「ところでしらねは今どっちだ?」
「だいぶ前から男のままですなぁ」
「違いが判らん」
「わかりやすい人もおるんやけど、うちは特にわかりにくい方かもしれまへん。・・・あ、せや。大事なこと言うてなかった気がするんやけど」
「大事なこと?」
「カズラ族の緑人は水中活動ができますけど、海水やと数時間しか持ちませんえ。終わった後はよぉ体洗わんといかんし」
海と繋がっているドックの中の水はもちろん海水だ。
「・・・ということは、やはり頼めそうにないか」
「主はんがやれぇ言うんやったらほらやりますえ。朝霜号が来る前に調べとかなあかんのやろ?」
「無理して長時間潜り続けたらどうなる?」
「たぶん死にますやろな」
であるなら尚更頼むわけにはいかない。
「けんど、新大坂でマーメイド族の方らと知り合いましたやん?あちらにお願いしてみたらどうでっしゃろ」
「なるほど、その手もあったか。マーメイド族は海水淡水汽水関係なく活動できるのか?」
「まあ、そのへんの問題が起きたゆう話は聞いたことあらしまへんので、たぶんいけますやろ」
新大阪ではなく新大坂と表記するのも、明治前半の日本人によるものであれば納得である。法的には畝傍出港よりも前に大阪表記に代わっていたのだが、インターネットなどない時代の話であるからそう簡単には表記統一できなかったのだろう。
「伝令座に頼めばマーメイド族に手紙を届けられるか?」
「難いんやないかな。それに、新大坂から新東京まで来なはれとか呼びつけるんは、さすがにおかしいんとちゃいますか」
「それもそうだ、確かに礼儀がなってない。となると新大坂にとんぼ返りか・・・」
雑貨屋では結局数点、小銭で買える程度の物を購入して終わった。シチェルはやはりひとりじゃんけん機を購入していた。
「昼食はどうする?」
「そんな時間か。ちょっと時間を潰しすぎたな」
「新東京の料理はちょう薄味や聞きますけんど、ほんまでっか?」
「私に言わせれば新大坂料理が濃すぎると思うが?なんで東に行くほど塩気が濃くなるんだ」
ちょうど中間にある新横浜はバランスが取れているのだろうか。
「あたいは新大坂ぐらいでちょうどよかったな。ウシアフィルカスとして船に乗ってる間に濃い味に慣れちった。隆二は?」
「あー、そうだな。味付けはともかく食材も調理法も新大坂は馴染みがなかった・・・と言っても、ウラシマ祭りの屋台とスタンピード中の戦闘食しか記憶にない。ジェムザに任せるからシチェルとしらねの味覚に合う店で」
「気軽に言ってくれるなぁ」




