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「さて、話を戻すが。朝潮艦であったか?」
「朝霜です」
「そうそう、その朝霜艦が転移してきたのはいつのことじゃ?」
「えーと・・・今日で何日目だったかな」
「ああ、とにかくごく最近のことじゃな。では、メイジニッポン皇国の成り立ちについても詳しゅうないな?」
「大政変によってマソ国を併呑したということぐらいしか」
「ふむ、まあその一言で片づけてもよいが・・・畝傍艦が転移・漂着した時点で、この辺りはただの平地で、人など住んでおらなんだそうな」
その時の飯牟礼大尉の心中は、同じように異世界転移を果たした小松島もよく理解できた。飯牟礼大尉は畝傍に乗艦していた日本人や回航要員のフランス人・アラブ人たちをまとめあげて漂着した島の調査を実施。得られた情報から、フィリピン付近にある未知の島と判断したらしい。ケルタと呼ばれる現地の住民との関係を良好に保ち、帰国可能なように畝傍の修理を試みた。しかし、一見無傷に見えた船体には遠洋航海が不可能なほどの損傷があり、やむなく装備品を陸揚げののち現地定住を覚悟。自分たちの居住地を新東京と名付けて暮らすこととなった。無線通信などない(発明こそされているものの、普及していない)時代の話である。畝傍乗組員らによってもたらされた技術や機械は現地に技術革新をもたらした。その一方で、畝傍乗組員らは魔法と呼ばれる技術が存在することも知る。これを時代遅れの迷信と断ずるには実証されすぎたため、存在を認めるしかなかった。魔法技術のひとつに船舶と人体を契約で結び、その損害を転嫁するものがあるということが判明した時、初めて畝傍乗組員らの意見が割れた。ウシアフィルカスを採用して畝傍の損傷を吸収させ帰国しようとする意見と、非人道的であるからこれを否定する意見。原住民の意見も割れた。ウネビ号に乗せてもらって進んだ技術があふれる新天地と交流すべきという意見と、このまま滞在してもらってウネビ号の力で勢力を拡大しようという意見。対立は争いとなり、東方のマソ国の警戒を招くことになる。ここでまた意見が割れ、マソ国とは対立しない独立国として新東京の存在を認めさせるという意見、自分たちの技術力を持って逆にマソ国に侵攻するべきという意見。それぞれの立場から異なる意見を持って主張し、近似した考えをもつ者同士が手を組んで団体を構成する。この時点ですでに畝傍乗組員とケルタ原住民はその垣根を越えて溶け合っていたので、そのこと自体は好ましいと言ってよいのだが、すでに主張を統一することなど不可能なほどの混乱をきたしていた。最終的に、誰が主犯だったのかはわからないが現地の亜人少女のひとりを無理やり畝傍のウシアフィルカスとしてしまったことで後戻りは不可能となった。マソ国の西進政策に対して、日本が清国との戦争のために発注した軍艦畝傍が立ち向かうこととなる。主武装である24センチ砲の威力は圧倒的で、すぐに決着がついた。その後、王を失ったマソ国を新東京国が統治することとなったが、この時に国名をメイジニッポン皇国と定めたのであった。
「して、そのウシアフィルカスが吾輩である。以上が、メイジニッポン皇国建国史序章であるぞ」
「はぁ」
「・・・なんじゃその反応は」
どうもこうも一気に情報を流し込まれたために、小松島の脳は理解するだけで手いっぱいになっているのである。
「細部が私の知る歴史と異なりますが、おおむね理解いたしました」
「まあ、多少は異なることもあろう。第一吾輩が実際に見聞きしたのは最後の部分のみゆえな」
「そして、それが60年前の出来事というわけですね」
「左様」
「すでに当時の畝傍乗組員は全員が生存してないと」
「うむ。吾輩の名は、畝傍が旅立った港の名だそうじゃが、それをつけてくれたのは乗り合わせた学生であったな」
「その後、乗組員たちはどうされたのですか」
「船を離れて新東京で暮らすようになった。もっとも、吾輩はウシアフィルカスゆえ畝傍から離れられず、そのことを気にかけてくれて絶えず誰かが様子を見に来てくれていたがな。しかしそれも年月が経つにつれ滞るようになった。町からは少々離れておるからの、歳を取ればここに来るのも億劫になろう。かわりに誰かがやってきて必要な物を届けてくれるから困りはせんかったが」
つまりこの隠し軍港がいわばルアーブルの老人ホームである。
「それにほれ、フィリノのように不意にここの存在を知った者が遊びにくることもある。不便は感じておらん」
「外に出たいと思ったことは?」
「なくはないが、いつかそのうちと思っているうちにどうでもよくなった。体の老化は防げても、心の老化は進んでおるようじゃの」
ルアーブル自身に不満がないのであれば、結果オーライであろう。




