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ルアーブルは畝傍上甲板に建てられた小屋に一行を導いた。小屋の中はきれいに飾られており、船室というより客間であった。少々大げさに言うならば迎賓館の趣すら感じられる。
「紅茶でいいかの?」
「はい、全員紅茶で・・・いいよな?」
反対の声はなかった。一番奥の席を空けて、順番にテーブルにつく。もちろん、背中に背負った長い物などは邪魔になるので適当なところに立てかけた。
「おう・・・カップがひとつ端を欠いておる・・・。吾輩の分は別のを使うとしよう」
ルアーブルは人数分のカップを並べてお茶を注ぐと、一行の前に並べて行った。最後に自分の席に着席し、話を切り出す。
「さて・・・どうやら察しておるようじゃが、小松島上等兵よ。この船について知っていることを述べてみよ」
見た目はこの中で最年少だが、貫禄はフィリノすらしのいで最年長であった。さらに艦長代理を名乗っている以上、小松島は敬語を使わないわけにはいかなかった。
「船名は、畝傍。明治・・・正確な年代は覚えておりませんが、初期だったかと。フランスを出港後、シンガポール近海で行方不明。私が知っているのはそのぐらいですが」
「ふむ、確かにイームレ大尉から聞いた話と合致するのう。なるほど、そちらの世界では行方不明扱いか」
「そちらの世界・・・とは?」
「これもおおかた察しておるじゃろ?どうやら、『あちらの世界』において船が致命的損傷を負う際に、何らかの条件が整うとこちらの世界へ転移してしまうのだと」
「・・・はい。私の乗艦していた駆逐艦朝霜も、重要区画へ爆弾が直撃しました。気が付けばこちらの世界の海に浮いていたのです」
「畝傍がやってきたときは大波と暴風によって船体が折れそうな状況だったと聞いておる。やはり、船体への致命的損傷が転移条件のひとつであることは間違いないな」
「転移・・・ということは、こちらの世界は死後の世界ではないのでしょうか?艦長はそのように解釈しておりましたが」
「死後の世界だとしたら我らは皆死人ではないか。まあ、生前の世界とは別の世界であるから、死後の世界という解釈でも似たようなものではあるがの」
「転移と生まれ変わりは別物なのでしょうか」
「知らぬ。我とて生まれながらにこの世界にいた者ゆえな。単に少々長生きなだけよ」
この世界には、船体への致命的損傷を乗組員に転嫁する魔法が存在する。その役目を負わされているのがウシアフィルカスと呼ばれる人たちであるが、異世界への転移とウシアフ
ィルカスへのダメージ転嫁の発動条件が共通なのである。何らかの関係があるのだろうか。
「もともとこちらの世界におられて、畝傍のウシアフィルカスとなった経緯はどのようなものでしたか?」
「正直に言うと、詳しく覚えておらん。何せ60年も前のことゆえな」
「明治時代の話では致し方・・・え?ルアーブル殿は今おいくつなのですか?」
「70を過ぎてからは数えるのをやめた」
見た目は10代であるが、狐人である。人間より若く見えてもおかしくないかと小松島は納得したが。
「70以上て、それはさすがにおかしいんとちゃいますか?確かに狐人はんらは人間の倍の寿命があるゆーのは知っとりますが、老化も人間の半分ずつ進むはずでんな?」
しらねの言う通りなら、単純にルアーブルの外見年齢は人間の35歳程度でなければおかしい。シチェルとジェムザも同意している様子。
「いかにも。ウシアフィルカスとなったときの容姿そのままで時を過ごしておる」
「これは仮説なんだが」
話に割り込んだフィリノは言葉を選ぶためか一息置いて、続きを話し始めた。
「ウシアフィルカスは船のダメージを転嫁される存在になるために魔法を使われるだろう?だったら、船が大きく損傷しない限りはウシアフィルカスも死なないんじゃないかと」
「はぁ?」
「いや、死なぬというのは大げさであろうが、おそらくあながち間違いではないと思うのじゃ。刃物で指を切れば血は出るが、甲板から転落しても傷ひとつなかった」
ゲーム風に言えば、即死攻撃無効のバフ持ちというところだろうか。むろんテレビゲームなど存在しない時代の人間には思いつくはずもない表現である。
「てこたー、あたいもそう簡単には死なねーってことか。言われてみればスタンピードん時に何度か死にかけたような気が」
「確かに死にかけてた気がするな・・・。運がよかったわけじゃないのか」
ふたりはシチェルがディープフォレストウルフに喉をばっさり切り裂かれた・・・と思ったらかすり傷だった時のことを思い出していた。また、小松島はルイナンセーからこの世界におけるウシアフィルカスの扱いについても聞いている。場所を節約するために四肢を切断して倉庫に放り込むことすらあるとの話だったが、それで死なないのはウシアフィルカスがウシアフィルカスであるからだったのかもしれない。




