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翌朝、出発する前にシチェルとジェムザは天井が崩落した場所からもう一度空を見上げていた。
「わかんのか?」
「だいたいな。確かにほぼ真西に向かっているみたいだ」
目的は遺跡の通路が本当に東西に延びているのかを確認するためであった。
「この分だと・・・そうだな、今日の夕方には新富士が見えるあたりまでたどり着けるんじゃないか」
新富士は新東京北側にそびえたつ高山である。大陸を南北に分断する山脈の一部でもあり、これが北半分の開発の妨げとなっていた。
「計算が合わねーな」
「だな。姉は2日で新東京と言っていたが、その倍はかかるだろう。まさか48時間全力疾走を続けるつもりでもあるまいに。何かあるな」
「ちょっと地上見てみてーな」
「そっと行けよ」
崩れ落ちた天井の瓦礫と地上から落ちてきた土などを足場にすれば簡単に登れそうだ。シチェルは38式が落ちないように背負い直すと、足元を確認しながら登り始めた。
「・・・わあ」
ちょっと顔を出しただけですぐに戻ってくる。
「ミラーリンググリズリーの群れがいた」
「げぇ」
頭部が銀色に輝く巨大な熊の魔物で、しらねがスタンピード中に撃破したシールドベアの上位種だ。名前通り攻撃を反射する特性を持ち、特に銀色の頭部は魔法も刃物もほぼ通じない。唯一の弱点は尻であるが、突進してくる巨大熊をかわして後ろを取るなどベテラン冒険者でも不可能に近い。ゆえに、片方がおとりとなって引き付けるという、最低2人は必要な戦術以外に対抗手段はないと言われている。もちろん、相手が1頭しかいない場合の話だ。複数いるなら近づくことすら危険である。
「シチェル、手が真っ黒だぞ」
「お?」
ジェムザに指摘されてシチェルが掌を見ると、染料に触ったかのようなべっとりとした黒いものが付着していた。
「油じゃねーか。どこで着いたんだこれ」
と言っても、さっきから触れたところと言えば瓦礫と崩落した土だけである。
「あのへんと、あそこらへんに手をかけたんだよな・・・あ、あれ油石だ。こんなところにあるのか」
「へえ・・・位置からすると新京都の真北あたりか。こんなところにもあるんだな」
「危なすぎて採りに行けねーよ」
「何を取るんだ?」
出発するために2人を呼びに来た小松島が会話に入ってきた。
「あれだよ。油石」
「あぶらいし?何だそりゃ」
「墨油探してるのに知らねーのかよ。あの石から採れるんだぜ」
「石から重油を?」
「粉砕して圧力をかけて搾り取るんだ。シチェルの実家ではそうやって作ってるんだろ?」
「それは古い工法だな、不純物が多くて火力が低い上に大量の煤が出る油しかできねーんだ。うちでは水に溶かす方法で作ってるから純度が高いんだぜ」
「それがアトイ商店の油の品質の秘密か?」
「秘密ってほどでもねーけどな。本当に秘密なのはそのあとの分離法なんだ」
「ほう」
どちらにせよ、小松島の知っている石油の製法とは異なる。
「石油が埋まってるところを掘ったら湧き出てくるものじゃないのか?」
「そんな簡単に手に入るようなら苦労しねーよ」
手に入るとしても苦労するのであるが、どう説明してもわかってもらえそうにない。小松島は仕方なく黙っておくことにした。




