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歩いて5分ほどで、小さな丘のような地形の場所にたどり着く。その丘の上だけなぜか木が生えていない。フィリノは裏手に回り込むと、背丈ほどもある雑草類を薙刀で切り裂いた。
「ここが入り口な」
「思ったより狭いですね」
「大型の魔物が入れないようにするためだろうな。小型のは水を恐れて入ろうとしないが、大型のはお構いなしにやってくるやつもいる」
渡し舟役のジョージトータスや、そもそも水中での活動が主であるロックタートル。どちらも亀型ではあるが、水を恐れようとはしない。他にも水を恐れない一部の魔物らの侵入を防ぐために、遺跡の入り口は人の背丈よりも小さく作られている。小松島とシチェルは三八式を、ジェムザは薙刀を背負っているがそのままでは通れないため手に持ち替えた。
「じゃ、降りるぞ」
入り口からすぐそのまま下り階段になっていて、フィリノを先頭にして降りていく。
「遺跡ってことは宗教施設か、もしくは墓地ですか?」
「さあ?考えたこともないが、どちらも違う気がするな。しいて言うなら都市って感じがする」
「都市?地下の町ということですか?」
「あまり深いところまで潜ったことはないんだが、どうも人が暮らすために作られたような構造物がいくつかあった」
「地上の都市が埋もれてしまった、とかではなく?」
「最初から地中にあったような気がするぞ。このあたりから水平になる」
下り階段はそれほど長くなく、すぐに水平の床になった。石のような硬い材質でできているらしく、フィリノとジェムザの金属靴は非常に足音が響く。
「たぶん本当ならここから西にまっすぐ行けば迷わず新東京あたりまでたどり着くんだが、さっきも言ったように何か所か通れなくなっているから迂回しないといけない。似たような構造ばかりが並んでいるから、迷うと本当に出られなくなるぞ。はぐれて迷ったときの対処法が2つあるから覚えておいてくれ」
フィリノの言葉を聞き逃さないように沈黙する小松島一行。
「1つ目。とにかく上を目指す。最悪でも森の中には出られるから、魔物さえなんとかすれば生き延びられる」
それはそれで死にそうなのだが。
「2つ目。あきらめる」
事実上の一択だった。
「じゃあ出発するか」
再びフィリノを先頭にして移動を開始。
「一気に不安になったんだけど」
「すまん、あんな姉で」
「でも戦場やと、ああいうタイプの人が指揮してくれよったら生き残れますえ。見たとこ経験も豊富みたいやし」
ずっと真っ暗なので歩き続けていると時間の感覚もわからなくなってくる。
「そろそろ2時間ぐらいは歩いとるんとちゃいます?」
「そんなになるか?あたいは30分ちょっとだと思ったが」
「正解は1時間20分だ」
この中で唯一時計を持っているのは小松島だ。
「なんだ、水兵なのに時計なんて持ってるのか」
「リュージはただの水兵じゃないからな。皇室海軍の大型軍艦の見張り員だ」
「皇室海軍?言い間違いじゃないよな?」
「間違いないぞ。総鉄製の船で、船内で火を起こして水を沸かして動くんだ」
見たこともない船を乗ったことがあるかのように解説するジェムザ。
「水が湯になると体積が膨張するのは知ってるが、その体積の変化を動力として利用するわけか。理屈はわかるがよく作ったなそんなもの」
惜しいところで間違っているが、フィリノは意外と物理の知識があるようだ。
「そういえばそろそろ最初の目印があるはずなんだが」
「目印ですか?」
「天井が崩れてて空が見える場所だ。ああ、あそこだ」
ここまでずっとまっ平らだった床だが、ちょっと先の方に盛り上がりが見える。かすかな影の揺らぎでしか認識できなかったが、近づくと盛り土であることがわかる。上を見上げると確かに空が見えた。
「魔物が入ろうと思えば入れるからな。少し距離を取って休憩にしよう。今夜はここまでだ」
崩落地点を通り過ぎておよそ100メートルぐらいの場所で一泊することになった。荷物や背負った武器を降ろして、シチェルとしらねが座り込む。
「食料、持ってきてるよな?」
「旅に困らない程度には」
「じゃあさっさと食べて寝てしまおう。明日は一日中歩くぞ」
それを聞いてシチェルが嫌そうな顔をした。
「馬車で飛ばせばすぐ着きそうなんやけどねえ」
新淀川を越えて馬車を持ってこられなかったため、置いてくるしかなかった。戻ってこられるあてもないので売却せざるを得ないかと思ったが、旅人座に預けて有料で貸し出すことができるというのでそうすることにしたのだ。これで、乗っていない間も活用してもらえてお金が入ってくることになる。




