120
「あー!主はん、あれうちらの馬車や!」
「本当だ、てことはヒーナさん戻ってるのか」
松原屋の前に停めてある馬車は、間違いなく新京都で乗り捨てた馬車だった。循環馬車を降りて、改めて間近でよく見てみる。
「なんや、えらいみすぼらしゅうなっとるような?」
「だよな、前はこんなに薄汚れてなかったよな」
汚れは勿論だが、傷だらけかつ損傷も多い。明らかに使い込んである。
「新京都の・・・なんて言ったっけ、傭兵の連中に好きなように使われたんじゃねーか?」
「だろうな、原形をとどめて戻っただけでもよしとするか・・・」
とりあえずはヒーナに馬車回収の礼をと、皆で松原屋に入る。なお、ジェムザのプレートアーマーは足だけでも外してほしいとのことで従った。
「面倒だな、タタミ様式というのは」
和風旅館のことをジェムザはタタミ様式と呼ぶようだ。土足は可だが木の床が痛むのでアーマーブーツは遠慮してほしいということなので厳密には和式とは違うのだが。
「えーと・・・あ、この部屋だな」
一太郎が投宿している部屋には労せず到達。ふすまを開けると、そこには久しぶりに見る顔があった。
「お?無事だったのか隆二殿」
「一太郎殿もよく無事だったな」
顔を合わせるのはいつ以来か。間に大きな戦いがあったせいで数か月ぶりの対面のような気がする。
「あ、他の皆も全員無事なようで。ジェムザも」
「ああ、生き延びたさ」
「ヒーナさんは無事か?」
「ケガひとつなく健在だけど、今医師座のほうに出向いていて留守にしてる。表に隆二殿の馬車を停めておいたけど確認したか?」
「随分使い込んであったように見えた」
「それについては申し訳ない、ヒーナがスタンピードから逃れる人々を乗せてあちらこちら走り回ったらしく」
という事情であるなら、責めるのも酷な話である。
「原形をとどめて戻っただけでもまあ・・・いいか」
「けど馬が違ってましたえ?」
「ああ、そっちはその・・・いろいろ入れ替えてるうちにどれが元の馬だったかわからなくなった。すまん」
疲れた馬を入れ替えて馬車を走らせ続けるというのはよくあることだが、馬車ごと借りたのに戻さないというのは間違いなくマナー違反である。一応法的には、数が減っていなければ罪には問われないことになっている。
「そうだ、ちょっと隆二殿にとって役立ちそうな情報が。馬車と馬の取り扱いの悪さについてのわび代わりに」
「情報?」
「新東京には皇室海軍の基地があった・・・というのは知られている話ですが、その皇室海軍が墨油で動く軍艦を保有していたらしく、しかもそれが今も第一新東京港に隠されているとのことで」
「・・・ほう?」
ということは、燃料である重油は勿論その貯蔵設備もあるだろうし、補給設備もあるだろう。利用させてもらえるなら御の字だが、最悪でも重油の入手ルートに便乗できれば大いに助かるのである。
「その情報の確度は?」
とはいえ、どの程度信用できるのかははっきりさせておかねばならない。無駄足は避けたいのだ。
「複数の証言があります」
「証言以外には?」
「その船を描いた絵も手に入っています。少々高かったのですが・・・」
馬車を酷使した弱みからか、敬語モードの一太郎はこの情報については無料提供してくれるようだ。絵というのもそれほど大きなものではなく、はがきよりひとまわり大きい程度である。
「・・・なるほど」
隆二は一目見てこの情報は信頼に足ると確信した。2本の太いマストと、その後ろにあるやや細めのマスト。このぐらいならこの黄泉の世界の住人でも帆船を見て思いつくデザインだ。だが、太いマストの間にある丸い2本の、マストとは思えない太い棒。これはどう見ても煙突であろう。何せその棒の上には煙のようなものも描かれているのだから。
「工作艦朝日か、もしくはちょっと離れて補給艦海洋丸あたりが近いかな?どちらにせよ前ド級艦あたりの古いやつの設計には違いないが・・・」
さすがに詳細な構造まではわからないが、外輪船には見えない。衝角があるようなないようなはっきりしない艦首の形状からみても、日本で言えば明治中期から後期あたりの時代の設計に近い。どのみち黄泉の世界の技術水準を超えた代物であることがうかがえる。
「明治の日本海軍ならこんな感じの・・・ん?」
小松島は自分で口にした言葉に自分で気を留めた。明治の大日本帝国海軍、メイジニッポン皇室海軍。今までその2つの関係は、無関係ではないだろう程度に思われていたものの、つながりについては一切が謎のままであった。しかし、この絵の船はそのつながりに関係があるか、もしくはつながりそのものであるように思えた。
「お役に立ちますか?」
一太郎が、反応の鈍くなった小松島の様子を気にしている。
「・・・はい、とても。十分すぎるほど」




