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ジェムザとしらねが食事を終え、小松島・シチェルと交代。
「スタンピードって、こんなにのんびりしたものだったんだな。知らなかったぜ」
「スタンピード自体聞いたこともないけどな俺は」
もちろん新大坂が特殊なのであって、普通はこんなにゆったりしていない。ついでに言うと、新大坂の中でもこの医師座周辺の静寂がひときわ特異的なのである。
「今気づいたんだが、何か所かで煙が上がってるな。あれは火事か?」
「まあそうなんだろうけどな・・・火で攻撃してくる魔物もいるから、そいつらに押し込まれたのかもしれねーな」
「ここに来たらどう対処する?」
「そりゃ、あたいらで先手を取って撃つしかねーだろうな」
「なんか本来の任務から一周回って戻って来た感じだ」
本来の任務とは、駆逐艦朝霜で沖縄に突入し、浜に乗り上げて不沈艦と成した後は陸戦隊としてアメリカ軍と戦うことである。現在の小松島の状況は相手こそ違うものの陸戦隊として参戦しているようなものであるから、ある意味元鞘であった。
「シチェルならどのあたりが燃えてるか見えるんじゃないか?」
「いや、無理だった。別の建物の陰になってたり遠すぎたりではっきりは見えなかったんだが・・・何か気になるのか?」
「あのあたりが船員座だった気がしてな」
小松島が指さすのは煙だけでなく盛大に炎上している一帯だ。記憶違いでなければその煙の向こう辺りに船員座があったはずなのだ。
「えーと、蟹汁屋の看板の左のあそこが風船飴の店で、そこからこういくと焼きおにぎり屋で・・・ああ、たしかにあのへんだな」
「食べ物屋ばかりじゃないか」
とは言うものの小松島も蟹汁屋とやらは気になっていた。
「覚えやすいんだよ。そういやコンスタンツェのピザ屋ってのはどこなんだろ?イーストナリィの竹林の近くだったっけか?ナリィがあのあたりで・・・イーストだから・・・あー、あのなんかもっさりしてるあたりかな」
戦闘開始前にシチェルが声をかけた中年料理人夫婦の店である。たぶんあのあたりだろう、程度に目星を付けることはできた。魔物の進路からは離れているように見えるので、おそらく店は無事ではないだろうか。
「終わったら行ってみようぜ」
「ウェストナリィみたいな場所じゃないだろうな?」
「大丈夫じゃねーの?あとでしらねに聞いて・・・おや?」
話の途中でシチェルは上を見上げた。小松島もつられて振り返り上空を見上げると、人が空を飛んでいた。
「さっき飛んでたやつだ。やっぱハーピー族だったか」
「空を飛べる人間もいるんだな、黄泉の世界って・・・」
「しかしのろまなやつだな、ハーピーなのに飛ぶのがへたくそなのかよ」
「のろいのか?あれで?」
確かに速いとは言い難いが、普通を知らない小松島には遅いとも言えなかった。
「空飛ぶ速さって、要するに羽ばたき一回で進む距離の差だろ?普通はあの倍から3倍ぐらいは進むはずだぜ。遊覧飛行でもしてるつもりなのか?」
「にしては必死に飛んでる気がするが」
「だな」
遊覧飛行のような優雅さはなく、それこそ全力で羽ばたいているように小松島にも見えた。
「お?大規模魔法の音かな?」
どこからか大きな爆発音が聞こえた。見渡すと、船員座のあたりで上がる炎のすぐ近くに、ゆっくりと膨れ上がる炎の柱が見えた。
「あれか・・・空間爆轟魔法の使い手がいるみたいだな」
「魔法であれだけの爆発が起こせるのか・・・」
「あれほどの使い手は滅多にいないぜ。新大坂の軍隊ほんとにすげーわ」
石油タンクに引火したかのような赤と黒の火柱は、柱というより球状に変化しつつあった。かなりの広範囲を巻き込んでいる様だ。
「焼きおにぎり屋が店ごと焼けちまったら焼き店屋じゃねーか」
「笑ってる場合か」




