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「なんかいっぱいもらった」
大道芸人におひねりを渡すかのように、シチェルの一発芸は対価を支払う価値のある見世物と考えた冒険者たちが何か色々渡してくれた。ほとんどは保存食のようだが。
「運試しのつもりで撃ったら当たっちまってな」
「外してもーたらどないするつもりやったんどすか・・・」
「そん時はこれから上向くってことだろ」
「ああ、なるほど」
おみくじ感覚で撃たないでいただきたい。
「遊びの時間は終わりみたいだぞ。いよいよ魔物が増えてきた」
公園は高台にあるので、下にある医師座周辺を見下ろしてみると、確かにそこそこの数のフォレストウルフが集まりつつあった。軍の防衛戦闘も本格化しつつあるようだ。
「リュージとシチェルの武器は撃てる数に限りがあるんだろ?なるべく温存するようにしてくれ。具体的にはフォレストウルフではなくリーダー格のディープフォレストウルフだけ撃つように」
「見分ける方法は?」
「目が合っても突っ込んでこないやつ」
随分と曖昧な判断基準である。なんだそれ、という感情が小松島の顔に出ていたらしく、ジェムザが付け足してくれた。
「ただのフォレストウルフはアホの子だから目が合うと突っ込んでくる。ディープフォレストウルフはそれなりに知恵があるから突っ込んでこない」
「知恵がある分、叩けるときに叩かないと厄介な相手というわけか」
「そういうこと・・・ほら来た」
フォレストウルフの一群が高台の公園陣地を目指して駆け上がってくる。目算で10匹は超えている様だが、足元にふたまわり小さいのが並走している。
「ワームホールマウスが混じってるぞ、浸透に注意!」
小さいがゆえに防衛線をすり抜けやすく、気づいたころにはいろいろ手遅れ・・・という厄介な魔物だ。倒しやすいのは確かなので初心者冒険者向けという評価を受けてはいるが、上級者だからと言って楽勝の相手ではない。ジェムザはまわりの冒険者たちに警告を発すると、防衛線の押し上げのため前進した。
「あいつだけこっちじーっと見てるな」
しばらく戦いを見守っていると、確かにむやみやたらと動き回らないフォレストウルフがいるようだ。
「よし、あれを狙う」
「お、やんのか」
小松島は三八式を構えた。しかし、照門のなくなった銃であるからどうも狙いにくい。これでいいのか・・・いやもうちょっと下・・・と迷っているうちに、そのフォレストウルフは動き始めてしまった。
「どうもだめだな、俺は近くまで来た奴を撃つことにしよう」
「ほなシチェルはん」
「おう」
シチェルが三八式を構え、ものの数秒で照準を合わせる。
「はなてー」
発射。ヘッドショット・・・というにはやや微妙で、突き出した鼻から上あごあたりをごっそり削り取ったにとどまる。射殺するには至らず、声にならない悲鳴を上げてのたうち回り始めた。
「あれはほっといても死にますんちゃいまっか」
「長くはねーだろな」
弾の節約として放置。
「前から聞こうと思ってたんだが、はなてーって何なんだ?」
「ん?撃つときの合図じゃないのか?撃ち方教えてくれた水兵がやってたんだが」
シチェルの記憶に誤りはない。確かに朝霜の主計兵が倉庫から引っ張り出した三八式を試射する際に、射手の後ろにいた別の主計兵が発射の指示として発していた言葉である。繰り返すが、射手の後ろにいた、別の、主計兵だ。
「そんな規則あったかな・・・」
が、艦橋見張り員の小松島が知るはずもなかったのである。シチェルの勘違いが訂正されることはなかった。




