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夜明け頃、公園に一匹の魔物がやってきた。フォレストウルフの亜種であるアクアウルフである。全体的に水を忌避する傾向にある魔物の中では珍しく水中での行動も可能な種類だ。
「行くか?」
「放っておけ」
素人の寄り合い所帯の悲しさ、たちまち全力でこれを迎撃する集団がいくつもあった。まるで獲物の奪い合いであるが、言うまでもなくオーバーキルである。ジェムザをはじめ戦い慣れしている者たちは静観していた。
「今ので当てになる奴らとそうでない奴らの見分けがついた。運がいいな、私らのまわりは役に立つ戦力だぞ」
「陸戦の経験はないんだが、俺でもわかるぞ。今のはひどすぎる」
「水兵とはいえリュージも軍人だからな。このぐらいはわかるよな」
そして、わかっていない顔をしているしらねとシチェル。
「あれは群れからはぐれただけの魔物だ。向かってこなければ放っておけばどこかに行ったさ。余計な体力や魔力を消耗してまで倒す価値はない」
「けど魔物ですやろ?こっちに来たら危ないんとちゃいますか?」
「来たら、な。来なけりゃそれでいいんだよ。最初からあのペースで戦ってたら数時間も持たんぞ」
さっきまでまるで何もわかっていなかった2人が、わかったようなわかっていないような顔になった。
「おっと?今の音は結構大きな魔法だったな」
公園が震えるような爆発音。ジェムザは魔法の爆発と火薬や油の爆発が聞き分けられるらしい。方向からして新淀川の方だろうか。
「押されてるのか?」
「さて、そこまではわからんが。だがはぐれウルフが迷い込んでくるところを見ると、そろそろ前線の余力がなくなって来たかな?」
公園から医師座の方を見下ろすと、兵士らが待機エリアから少しずつ出てきて配置についているのが見える。ジェムザの予測と同じ判断をしているようだ。
「弾足りるかな?」
「しまった、送った報告書に弾薬の補充希望を書くのを忘れた」
「終わったら書いて送ってくれよ」
それは死亡フラグ。ふと空を見上げたシチェルが何かを見つけた。
「おや、あれはハーピー族かと思ったがサイレントイーグルじゃないか?」
「ほんまですな」
「あんな珍しいのまで出てくるのか、スタンピード」
水を忌避しない魔物よりさらに希少なのが飛行種である。朝霜がロックタートルと共に撃退したワイバーンは飛行能力を持っているだけの魔物であり、飛行種とは区別される。ジェムザとしらねが見上げているのは羽ばたくことなく空を飛び、気づかないうちに襲われる比較的脅威度の高い魔物だ。レアゆえに意識されることは少なく、他の魔物を相手にしているうちに死角から襲われるのが負けパターンである。放っておくといざというときに困らされる相手だ。シチェルが三八式を構えて狙いをつけた。
「当たるまい」
小松島はそう言うが、シチェルは本気のようだ。
「・・・はなてー」
いつもより静かにつぶやくように言葉を吐いて引き金を引く。タァーンと撃ちだされた銃弾は見事にサイレントイーグルの左右どちらかの羽を撃ち抜いた。
「おわ、当てよった!」
空中で溺れるようにもがきつつ高度を下げてゆき、街中のどこかに落ちたようだが途中から見えなくなった。
「やるなあんた!どういう武器なんだそれは?」
「あの高さのを落とせるのかよ!」
飛行中のサイレントイーグルを撃墜という快挙に、まわりの冒険者たちも口々にシチェルをほめたたえた。なお、さすがにこれはまぐれ当たりである。




