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「担架はまだですか?」
魔法使いが野次馬に問うが誰もが顔を見合わせるだけで反応はない。まだのようだ。
「この鎧、魔物の森の定点観測隊のじゃないか?」
「おい、ちょっと胸のアーマー確認してみろ」
野次馬がざわつき始めたので、シチェルはしらねが持っている鎧の中からひとつを取り出して検めてみる。
「森1、観・・・って書いてあるな」
シチェルが鎧に記された文字を読み上げる。部隊の配置や略称だったようだ。
「やっぱり定点観測隊か!」
「なんでこんなところにいるんだ?」
青年の身元というか所属がはっきりしたことで野次馬たちが逆に混乱し始めている。
「なあ、どういうことなんだ?なんで騒ぎになるんだ?」
小松島はとりあえず魔法使いに話を聞いてみた。
「新大坂の対岸の森を常時観測し危険がないか警戒し続ける部隊が定点観測隊です。魔物に追われて川を渡ろうとして溺れるような部隊じゃありません」
「魔物?あの野犬か?」
「野犬じゃありませんよ、フォレストウルフです。しかもディープフォレストウルフっぽかったでしょ?」
でしょと言われても知らないのである。
「・・・つまりどういうこった?」
「何か異変が起きてそれを知らせるために持ち場を離れたと考えるのが自然です。意識が戻ったらすぐに話を聞かないと」
やっと担架が到着した。医師座の医者らしい人物も同伴している。
「水は吐かせておいた、あと覚醒の魔法ってのを使ってある」
「ご苦労、あとはこちらで引き受けた」
だが半身とはいえ鎧をつけたままの成人男性を運ぶのには、担架を持ってきた医師座職員では非力すぎた。
「行きがかりだ、手伝うさ」
小松島が代わって担架を持ち上げる。青年の足側を小松島、頭側を医師座職員が持つことになった。やり取りの間に医師が診察を行う。
「バイタル異常なしだ、これなら助かるだろう。運んでくれ」
担架に続いて小松島の分の荷物も持ったシチェルと青年の鎧を持ったしらね、役目を終えたが立ち去るタイミングを逃した魔法使いがついていく。青年の意識が戻ったのは医師座到着直前であった。現在地を知りたがるので新大坂市街と答える。
「治療は後でいい、観測隊の本部に連れて行ってくれ」
「そうもいかんだろう」
「ではせめて誰かに情報を伝えに行ってほしい、スタンピードレベル4と」
それを聞いた瞬間、小松島以外全員の顔色が変わった。
「スタンピード!しかもレベル4・・・」
「そりゃまずい、急いで伝えてくる!」
魔法使いは地面を蹴って飛び上がると、文字通りすっ飛んでいった。医師座の玄関ホールに入り担架を降ろすと、青年の話を聞いた医師座職員がすぐさま詰め寄っていた。
「おい、確かなのか?間違いないのか?」
「前兆の観測から2日経った、おそらく明日か明後日には」
「何だって・・・時間がないじゃないか」
全く深刻さが伝わっていない小松島は、とりあえず話を聞きやすそうなシチェルとしらねに解説を求めた。




