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エピローグ

昭和20年3月17日、大日本帝国海軍は天号作戦を発令。

同月26日、天一号作戦発動。

同月28日、第一遊撃部隊出撃。

旗艦は戦艦大和。言わずと知れた史上最大の戦艦であり、日本海軍の切り札でもあった。

随伴は巡洋艦矢矧。最新の軽巡洋艦阿賀野型3番艦。

護衛の駆逐艦は暁型の響、綾波型の潮、初春型の初霜、朝潮型の霞。

さらに陽炎型の磯風、浜風、雪風。秋月型駆逐艦冬月、涼月。そして夕雲型駆逐艦で最長命となった朝霜が呉軍港を出港した。途中、駆逐艦響が損傷により離脱するも艦隊は佐世保に向かったのち4月7日午前6時に本来の目的地である沖縄を目指し変針した。そして、午前7時。

「駆逐艦朝霜、機関故障!」

第二水雷戦隊旗艦巡洋艦矢矧に、駆逐艦朝霜よりの連絡が入った。

「後続は可能か?」

「朝霜、速度低下。落伍しつつあり!」

「鹿児島に帰還せよと伝えろ」

だが、朝霜からの回答は「修理可能」。そして、6時間後には合流する旨の連絡であった。午前11時、朝霜は艦隊から完全に取り残され、独航となった。


その朝霜の機関室に、羅針艦橋の杉原艦長から故障の状況確認がなされた。

「昼過ぎには直ります」

佐多機関長はそう断言すると作業を急がせた。が。

「右舷に敵編隊を視認!」

見張り員が電探よりも早く、米軍機の襲来に気づいた。

「対空戦闘用意!」

「右対空戦闘!」

「旗艦に発信、『ワレ敵編隊と交戦中』!」

これは空母バンカーヒルの攻撃隊であった。朝霜乗組員は普段の厳しい訓練通りに配置につき、慣れた動きで敵を待ち構えた。

「敵編隊、数およそ30!」

この情報はただちに矢矧経由で旗艦大和に届けられたが、艦隊はそのまま沖縄を目指して進んだ。その後、朝霜からの連絡は途絶えた。

史実においては、日本側では「作戦行動中に行方不明」、アメリカ側では「雲によって観測不能、戦果未確認」と記録されている。乗組員326人戦死、これが、夕雲型駆逐艦16番艦朝霜の最期であった。終戦後、艦の慰霊碑が静岡県の妙法華寺に建立された。


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