表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

孤児院のミーナはギターを弾く

作者: 音星楽

 お屋敷の廊下の掃除をしていたら、後ろから声が聞こえた。


「あなた邪魔よ。そこをどきなさい」


振り向いた瞬間、私は突き飛ばされた。床に転がされて見上げた先にいたのは、とても上質な服を着た、この屋敷のお嬢様のマリー様。身体が痛かったが、私はあわてて立ち上がり、頭を下げて謝罪する。


「申し訳ありません、お嬢様」


私は広い廊下の隅を掃除していたから、通る邪魔にはならないはずだったのに、と思ったけど、相手はこの屋敷のお嬢様だ。私と同じ10才頃の女の子だが、頭を下げるしかない。次の日もお嬢様に突き飛ばされた。それから1週間毎日突き飛ばされ続けた。。そして、最後に突き飛ばされた日に言い渡される。


「あなたのようなボロボロの服を着た子は目障りだわ。もうこの屋敷に入らないで。離れ屋敷で働きなさい」



私は赤ちゃんの頃、王都の孤児院の門の前に、布に積まれて捨てられていたそうだ。朝の掃除のために出て来た修道女さんに発見されて、孤児院で育てられることになった。


この孤児院は神殿が作った孤児院で、神殿の隣にある。だから、毎日神殿からオルガンの演奏が聴こえて来る。日曜日には、オルガンの伴奏で、礼拝に来た人たちが合唱する曲も聴こえる。


だから、5才になる頃には、ほとんどの曲を覚えてしまった。その中でも好きになった曲があったので、修道女さんに曲名を尋ねたら、『主よ、人の望みの喜びよ』だと教えてくれた。好きになった理由はわからない。この曲が流れると、つい聴き入ってしまうのだ。


6才の時、女神様に感謝するお祭りの日に、ある貴族家から孤児院にプレゼントの山が届く。孤児たちは大喜びだ。男の子たちは木剣やおもちゃに群がり、女の子たちはお人形や可愛い髪飾りに手を伸ばす。私はフラフラと凄く古びたギターに近寄り手に取る。


そのギターはキラキラ光っているように見えたし、私を呼んでいるように思えた。それにギターの裏に描かれている模様が、私の背中にある痣と似ているのも気になったから。


身体の小さい私にギターを抱えるのは無理だったので、床にギターを置いて弦を弾いた。1人の修道女さんがその様子を見て、ニッコリして言う。


「あらあら、ギターを弾きたいの? 良かったら教えてあげようか?」

「うん、教えて、教えて。私は神殿の曲が弾けるようになりたいの」


私は、その申し出に飛びついた。修道女さんはドレミ、音階の弾き方を教えてくれた。それから私は毎日練習をした。最初は弦を抑える左手の指先が痛かったが、練習を重ねるうちに指先が硬くなり痛くなくなった。


9才になると、身体も大きくなったので、なんとかギターを抱えることができるようになった。ある日『主よ、人の望みの喜びよ』を弾いている時、左の後ろ足から血を流している子猫が近づいて来た。左の後ろ足を引きずっていて、かなり辛そうに歩いている。私は思わず呪文を唱える。修道女さんが、転んで鳴いている子どもの頭を撫でながら唱える呪文である。


「痛いの痛いの飛んで行け~~~」


すると、子猫の体が淡く光る。光が消えた時、子猫の左の後ろ足の傷はなくなっていた。子猫はニャァーと鳴いてペコリと頭を下げて、元気に走り去った。私は驚いてポカーンとしていたが、しばらくすると童話を思い出した。小さい頃修道女さんが読んでくださった、人の病気やケガを治療する魔法使いが活躍する童話だ。


ひょっとすると私は魔法が使える? と思った私はいろいろと試してみた。すると、『主よ、人の望みの喜びよ』をギターで演奏しながら詠唱すると、病気やケガを治療する回復魔法が使えることがわかった、それから、神殿で演奏される曲を口ずさむと邪気を払う聖魔法が使えることも分かった。でも、これは誰にも言わなかった。それは修道女さんから忠告されていたからだ。


「みんな、よく聞いて。もし魔法が使えることがわかっても秘密にするのよ。悪い貴族や商人に誘拐されてこき使われるからね」


10才になると、孤児院に来た下働きの仕事の求人の中から、貴族屋敷の掃除の下働きの仕事を選んだ。私はお掃除が好きだけど、他の子たちは掃除の仕事なんてやりたがらなかったので、すんなり決まった。


そのお給金の半分は孤児院に納める決まり。赤ちゃんを含めた孤児たちの食費にするのだ。それに15才になると、孤児院を出なくてはならない。だから、残りの半分はその資金を貯めなくてはならないから、お小遣いはない。



離れ屋敷は、黒いモヤ、邪気に包まれているのが遠くからでもわかった。屋根の一番高い所に真っ黒なカラスが止まっている。黒いモヤ、邪気に包まれると、ケガをしたり病気になったりする。神殿にケガや病気の治療に来る人たちの多くはこの黒いモヤ、邪気に包まれている。他の人たちには見えないらしいが、私には見える。そして、治療が終わって神殿から出るときには、黒いモヤが消えていた。


離れ屋敷の裏に回ると、1人の下働きの女性が洗濯をしていた。その女性に近寄り話しかける。


「あの~、こちらで働くように言われたのですけど、何をすればいいでしょうか?」

「ああ、お前が新しい下働きの子かい。屋敷内の掃除をしておくれ。奥様の部屋以外は全部だよ」


それを聞いて私は驚いて尋ねる。


「奥様はこの屋敷にも部屋をお持ちなのですか?」

「そうか、お前は働き始めたばかりだから知らないのだね。あっちの屋敷に住んでいるのは奥様じゃないよ。旦那様の愛人さ。5年前に奥様が病気になったら、、奥様をこちらに移して、愛人とその子を招き入れたのさ」


「そうなんですか。わかりました。掃除道具はどこにあるのでしょうか?」

「そこの扉を開けてすぐ右の部屋にあるよ。ケガをしないように気を付けるんだよ。ここに来る子はすぐにケガをするからね」

「は~い。ありがとうございます」


私はお礼を言って離れ屋敷の中に入る。掃除道具を手に、端の部屋に入ると、黒いモヤが満ちていた。神殿の曲を口ずさむと黒いモヤはみるみる消える。それから掃除をして次の部屋へ。その部屋も黒いモヤに満ちていたので、神殿の曲を口ずさんでから掃除をする。それの繰り返しで1日が終わった。


翌日、離れ屋敷に向かうと、屋敷を包む黒いモヤ、邪気は少し薄くなっていた。私を見て、屋根のカラスが憎々しげにカァーと鳴いた。この日も前日と同じく黒いモヤを消しながら掃除をした。


そんな日が1週間続いた翌日、離れ屋敷に向かうと、離れ屋敷の横にいた黒いローブを着た男が手に持つ黒い杖を私に向けると。屋根の真っ黒なカラスが飛び立って、私に向かって凄い速さで飛んで来た。攻撃されると直観した私は、背筋を伸ばして、両手で拳を握り真っ直ぐ下ろす。そして、神殿の曲を大声で歌い、願う。


「悪いの悪いの飛んで行け~~~」


すると、カラスは淡い光に包まれて黒いモヤになった。その黒いモヤも少しずつ薄くなって、最後は消えてしまった。黒いローブの男も淡い光に包まれて倒れていた。離れ屋敷に入ると、奥様の部屋から侍女服を着た女性が出てきて尋ねる。


「窓から見ていたけど、いったい何が起こったの?」


私が黒いカラスと黒いローブを着た男のことを話すと、侍女服の女性が言う。


「私は奥様の専属侍女のポーラです。あなたは誰? あなたは大丈夫なの? その倒れた男の所へ案内してくれるかしら?」

はい、大丈夫です。私はミーナ、この離れ屋敷の掃除をしている下働きです。その男の所に案内します」


私と専属侍女さんは、下働きの男性4人を連れて倒れている男の所へ行った。男は気絶しているだけで、生きているようだった。専属侍女さんが指示を出す。


「この男は黒い杖を使っているから悪い呪術師よ。1人は騎士団の詰め所に行って騎士を連れて来て。1人は執事さんに奥様の部屋に来るように依頼して。あとの2人はこの男を縛り上げて、逃げなように見張っていて。」


2人の男性が走り去り、1人の男性は縄を取りに走る。残された男性は倒れた男を見張っている。私は何も指示されなかったので尋ねる。


「あの~、私はどうすればいいのでしょうか?」

「そうね、私と一緒に来てちょうだい」


専属侍女さんについて行くと、奥様の部屋に通された。そして、ソファに座るように言われる。落ち着かなくてソワソワしていると、専属侍女さんが言う。


「あなたは聖魔法が使えるのね?」


使えることを話そうかと迷っていると、続けて言われる。


「大丈夫よ。他の人には秘密にする。約束するわ」


聖魔法を使うところを見られているし、本当のことを言うことにする。


「はい、私は聖魔法が使えます。黒いモヤ、邪気も見えます。この屋敷には黒いモヤがたくさん見えましたが、今はほとんど見えません」


「そう、だから最近空気が清々しくなったのね。奥様は、ここ1年間病気でベッドから起き上がれないの。見てもらえるかしら?」

「はい。でも治療できるかはわかりません」


そんなやりとりの後、奥様の寝室に案内される。奥様はベッドで苦しそうに寝ておられるが、黒いモヤに包まれてはいない。でも、1年間病気だったためか、顔は青白くやせ細っている。これは回復魔法を使っても健康を取り戻せるかわからない。しかし、奥様を見ていたら口が勝手に開いた


「黒いモヤは見当たりませんから、聖魔法は効果がありません。でも、回復魔法なら健康を取り戻せるかもしれません」

「えっ、あばたは回復魔法も使えるの?」


「はい。絶対秘密にしてください。でも今はギターがないので、回復魔法は使えません。明日まで待ってください」

「いいわ。お願い、明日はギターを持ってきてね。そして、奥様を苦しみから救い出してちょうだい」


その時、コンコンコンとノックの音がする。専属侍女さんが扉を開けると、執事服を着た老齢の男性が立っていた。その男が尋ねる。


「ポーラ、どうしたのです。何かあったのですか?」

「お呼びだてして申し訳ありません、スミス様。実は悪い呪術師を捕らえました。旦那様とあの女の悪事の証拠を掴めるかもしれません」


「それは本当か? それが本当なら領地の侯爵様にお伝えしなければ。それで捕らえた呪術師はどこだ?」

「庭にいます。騎士団もすぐに来るでしょう。案内します、こちらへどうぞ。あっ、ミーナはこの部屋の掃除をしていて頂戴」


専属侍女のポーラさんと執事のスミスさんが部屋から出て行く。部屋の床はきれいだった。きっとポーラさんがさんが毎日掃除しているのだろう。だから、窓の拭き掃除をすることにした。


高い所は手が届かなかったので、イスに乗って吹いていると、騎士たちが来るのが見えた。ポーラさんがなにやら説明した後、悪い呪術師は騎士たちに連れていかれた。ポーラさんが部屋に帰って来て言う。


「今日はいろいろあったから疲れたでしょう。もう帰って休みなさい。でもここであったことは誰にも話してはダメよ」

「はい、誰にも話しません。では失礼します」


そして、私は孤児院に帰った



翌日、ギターを持って離れ屋敷に行くと、私を待ちきれなかったのか、専属侍女のポーラさんが離れ屋敷の玄関で出迎えてくれた。


「おはようございます、ポーラさん」

「おはよう、ミーナ。すぐに奥様の寝室にいきましょう」


すぐに奥様の寝室に通されるが、奥様は寝ていらした。ギターをケースから取り出す。うまくいくか自信はないがやるしかない。深呼吸をしてから『主よ、人の望みの喜びよ』を弾き始め、回復の呪文を唱える。


「痛いの痛いの飛んで行け~~~」


すると奥様は眩しい光に包まれ、しばらくの間輝き続ける。光が少しずつ弱くなり消えると、奥様が目を開けられる。その顔はやせ細っておらず、肌はピカピカ、ツヤルヤだった。奥様が口を開く。


「おはよう、ポーラ。どうしたのかしら私、とても清々しい気分だわ」


それを聞いたポーラさんの目から涙がポロポロと流れ出た。



数時間後、本屋敷の執務室にロータス公爵と執事の姿がある。ロータス公爵が執事に問いかける。


「娘が健康な体に戻ったようでなによりだ。それで、儂が領地に帰った5年前に、あの男は愛人とその娘をこの屋敷に連れ込んだと。その後何があったのだ。騎士団の取り調べは進んでいるのか?」


「はい。屋敷にあった絵画や楽器などを売り払って、ドレスや宝石を買っていたようです」

「家宝のギターもか?」

「はい。ギターについては行方を追跡調査しております」


ロータス公爵は渋い顔をして言う。


「そうか。それであの男は侯爵位を継ぐ資格は娘にあり、自分にはないことを知っていたのか?」


執事は額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら答える。


「そのようです。ですから、夫人を呪術で亡き者にして、愛人との娘を奥様との娘と偽ろうとしたようです」

「愚かなことを。我が家の娘の背中には、生まれながらにハスの紋章が刻まれることを知らなかったのだな」

「その通りです。それから、10年前に行方不明になったお孫様は、神殿の隣の孤児院前に捨て置かれたようです」


それを聞いたロータス公爵は、驚きのあまり大声で命じる。


「なぜそれを最初に言わない。すぐに馬車を、いや馬を用意しろ」

「ハッ、ただちに」


返事をすると、執事は脱兎の如く部屋から飛び出した。侯爵もすぐに後を追い、馬屋へと向かう。早く、早くと準備を急がせ、準備が整うと馬を全力で走らせて屋敷を飛び出す。護衛を置き去りにして。



1時間後、ロータス公爵家の門では1組の男女とその娘が追い出され、離れ屋敷では泣いて抱き合う母娘の姿と静かに涙を流してそれを見守る侯爵の姿があった。



終わり



お読みいただきありがとうございます。

いいなと思ったら、評価等お願いします。


参考

Lotus(英)=ロータス、蓮、ハス  花言葉は神聖

「主よ、人の望みの喜びよ」カンタータ第147番  作曲 J. S. バッハ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ