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第15話 全肯定甘やかし

 この世界に来て、もう二度と会うことはないと思っていた。

 会いたくないと思っていた。


 だが今、リアルNTRをして俺の人生をぶっ壊した元凶、晴野はるの 七海ななみ——ナナが、が目の前にいる。


 かつて俺は、彼女を見る度何度でもときめいた。

 慣れることなんてなかった。会う度に一目惚れをしていた。話す度にもっともっと好きになっていった。


 けど今は――、


「うぉぇっ……」


 彼女を見ると、心臓とか胃とか、内臓が全部ひっくり返るみたいに感じる。

 どうやってもえずきが止まらない。

 吐くのを堪えているだけで精いっぱいだ。 


「まさか、こんなとこで会うとはね。あんた今までどうしてたわけ? 大学にも来なくなっちゃって。あの後あたし、何度もあんたに——」


 ナナがその聞く者を惹きつける鈴のような声で何か、喋っている。

 だが、俺にはそれが呪いのように全身に重く絡みつく。


 そして、俺は壊れた。

 

「う……あ……」


 動悸が止まらない。

 自分の心臓の音が妙に耳に響く。

 呼吸が段々荒くなる。

 視界が明滅し、白く染まる。

 

 やがて、俺の意識は途切れかけ――

 

「大丈夫ですオウガイさん……あなたは、私が守ります」


 ぐらついた俺の身体は、メアによって優しく抱き留められた。


「すみません、今日は帰りますね」


 メアは石紅に短くそう告げると、俺に肩を貸すようにして歩きだす。


「え、ちょ――」


 ナナが何かを言っているがお構いなしだ。

 石紅の方は何かを察し、静かに座っている。


「どうかされましたか?」


 騒ぎを聞きつけて、インテリ坊主が駆け寄って来た。

 

 だが、メアは気にせず歩みを進め続ける。


「体調が優れないのでしたら、向こうで休んでいかれてはいかがですか? 病人は動かす方が危ないと思いますよ」


 インテリ坊主が尤もらしいことを言って来るが、メアは気にも留めない。


「こちらとしても招いた以上そんな無責任なことをするわけにはいきませんよ。帰り道には魔物だって出るでしょう? ちょおい、待てゴラ!」


 遂にインテリ坊主が声を荒げ、メアの腕を掴んだ。


 だが次の瞬間、


「ぐぁっ!?」


 バチっと雷光が弾け、インテリ坊主が大きく仰け反っていた。


 そんな彼に、メアは笑顔で振り返り一言だけ、


「ご心配なく。私、強いですから」


 俺に向ける冷たいだけのものではない、殺意の籠った氷点下の声で言い放ち、呆然と佇む彼らを余所にそのまま拠点を立ち去った。



 


***




 次に目を覚ました時、俺はメアの腕の中に抱えられていた。


「気付きましたか。もう少しで着きますからね」


 優しく微笑むメアの顔が近い。脇に控えめな胸が当たり続けている。

 そして景色が瞬く間にびゅんびゅんと過ぎ去っていく。


 どうやらメアが俺を抱えたまま走っているらしい。

 時折雷光が走っているから、魔法で身体能力を強化しているのだろう。

 まあキ〇アみたいなもんか。


 というか、これはあれか?

 所謂お姫様抱っこというやつなのでは。


「メアさん、もう起きたから自分で歩けるけど。というかこれ死ぬほど恥ずかしいんだけど!?」


 初めてのお姫様抱っこがする側じゃなくされる側だとは、完全に予想外だ。

 こういうのは夜にいじわるされるのとは違う。

 純粋に、悶絶しそうな方で恥ずかしい。


 出来れば早くやめて欲しいのだが……


「残念でした。もう着いちゃいましたから」


 不意にメアがブレーキを掛ける。

 徐々に減速する、教習所で習う感じの止まり方だ。

 なんか、今日は所作の一つ一つが妙に優しい気がする。


「おいメア、着いたなら降ろして――」

「ダメです♪」


 メアは弾むように言うと、そのままログハウスのベッドへ。

 そこに俺を、優しく寝かせた。

 その後自分も腰掛け、手早く俺の頭を膝に乗せる。


 これは……膝枕か!?


「オウガイさん……」


 俺の頭を覆うように抱きしめると、ゆっくりと耳元に顔を近づけ――



「——私の前では、強がらなくていいんですよ」



 その囁きは、胸やけしそうなほど甘く、泣きそうなほど優しかった。

 俺のちっぽけな強がりは、あっさりと溶かされてしまうほどに。


 そして、俺は泣いた。


 みっともなくワンワン泣き喚いた。

 自分でもなんでこんなに泣いているのか、よく分からなかった。


「よしよし、いい子いい子~」


 その間ずっとメアは俺の頭を撫で、涙を拭い、


「大丈夫ですよ、オウガイさんには私が付いてますから」


 何も聞かずに、そんな風に優しい言葉をかけ続けてくれた。


 どのくらい、経っただろうか。


 泣きつかれた俺はメアの太ももの柔らかさと、脳が溶けるような甘い匂いを堪能したり、時折「ママぁ!」とか言いながら胸に手を伸ばすして、呆れながら「はいはいままでちゅよー」と返してもらったりしていた。

 完全にバカップルのそれだ。 


 けど、別にえっちなことがしたかったわけではないのだ。

 ただ純粋に、メアに触れていたかっただけなのだ。


「もう、大丈夫そうですね」


 しばらくそうしていると、メアが安心したように言った。

 けど、手は俺の頭を撫でたままだし、俺もメアの太ももを触り続けている。


「——あれが、オウガイさんを追い詰めた人なんですね」

 

 確かめるでもなく、メアははっきりと断じた。


「オウガイさんはどうしたいですか? ……殺しますか?」


 その声には明確な殺意が込められている。

 きっと、俺がやると言ったらメアはとことんあいつを追い詰めた上で殺す策を考えてくれるだろう。

 というか多分、俺が出来なくても代わりに全部やってくれる気すらする。


「……正直、よく分からないんだ。あいつに会った瞬間、胃がひっくり返ったみたいで吐きそうになって、頭の中にホテルに入る姿が、俺を裏切った時の台詞がぐるぐるうずまいて、立っていられなくなった。……けど、突然過ぎたからなのかな。なんでこんなに辛いのか、なんでこんなに憎んでいるのか。それが、上手く言語化出来ないんだ」


 分からない。

 それが、率直な答えだった。

 多分、感情の変化に頭が追い付けていないのだと思う。

 

「……そうですか。ではその辺は追々考えるということで」


 メアは、話は終わりとばかりにばっさりと切り捨てると――再び俺に覆い被さった。

 

「ですが、今日のところは考えないでおいてください。今日はもう、頑張り過ぎです」


 耳元で甘い囁きが聞こえる。

 彼女の細い指が全身をなぞりながら、ゆっくりと下腹部へと伸びていく。


「まあ、どうせそんなこと考えられないくらいめちゃくちゃにしてあげる予定なので、関係ないんですけど♪」



 その日俺は一晩中、脳みそが沸騰するくらいそれはもうでろっでろに甘やかされ続けた。


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