第2話 狐の毛皮と忠義の老犬(3)
ジャックが死んでも尚、男は墓守を続けていた。
墓守もそろそろいらないだろうという話になった時、野生の動物が墓を荒らそうとした形跡があったのが見つかったのだ。そうして墓守は続けることを望まれた。幸い大きな動物の足跡ではなかったので、墓守でもどうにか対処出来そうだった。足を痛めていたとしても墓守は元狩人だったのだ。ある程度の動物なら矢で警告するなり、捕らえることなり出来る。また足繁く風車に赴くだけ。墓守のやることは変わらない。
ただ、ひとりになった風車が寂しく感じるだけだ。
墓を見回ってもジャックはいない。
ひとつの墓の前に牛の乳を置く。
「あと何回見送ることになるんだろうなあ……」
父を見送り、トビー夫妻を見送り、母を見送り、兄弟を見送った。墓守には妻と息子がいる。幸いにも妻は元気で、息子は最近良い人が出来た。
「あと何回見送ってやれるんだろうなあ……」
残される側にはもう慣れた。寂しさとは上手に暮らせるようになった。この心が欠けたような、風が通るような気持ちを、自分もいつか誰かに抱かせてしまうのだろうかと、墓守はぼんやりと考えた。
出来ることならば、妻より1日でいい。生きて見送ってやりたい。息子は自分ににて強く生きるだろう。
墓に置いた牛の乳を飲み干して墓守は風車に入る。
もう動かない風車は目印だ。
迷わぬように。帰ってこれるように。
「また寝坊助か?」
「いいじゃない。これまで頑張ってくれたんだから」
ジャックは目を覚ました。
ぼやける視界の中、声の元へ走る。足が軽い。
しっぽは上を向き、元気に揺れる。懐かしい匂いに頭を擦り付ける。大きな手と小さな手がジャックの頭を撫でる。
「ありがとう。約束守ってくれたのね」
「よく頑張ったな」
「わんっ」
風車は目印。
迎えに来る人が迷わぬように。
森で生まれた時にはひとりだった。
普通の犬より大きな体躯で、狼より小さな体躯。
狼と野犬の混雑種がジャックだった。
幼い頃に親に捨てられたジャックは1人の人間に拾われた。
拾われた先にはもう1人人間がいて、2人は番だという。2人はジャックに名前を与えてジャックの家族になった。狩りという遊びを教えられた。獲物を狩ると褒めてもらえる。家のものを壊すと怒られる。ある時、白い甘い匂いのする暖かい水がご飯で出された。
よく見れば2人の目の前にも同じものが置かれていた。
「たまには一緒のものを食べましょう」
「良かったな、こいつの飯は美味いぞジャック」
よく分からないけれど、2人とも嬉しそうでジャックもついしっぽが揺れる。
よしと言われてその白い水を食べるとやっぱり甘くてなんだか懐かしいような味がしてジャックはそれが大好きになった。
「ジャック」
そう呼ばれるのが好きだった。
狩りをするのが好きだった。
撫でられるのが好きだった。
2人のことが大好きだった。
ただそれだけのことだった。
強い風が吹いて森を抜けていく。
犬の声が聞こえた気がして墓守は風車を飛び出て墓を見た。そこには何もいなかった。墓の上に積もった雪が風で落とされていた。
「なんだジャック……迎えに来てもらったのか?」
――わんっ