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第1話 金の林檎(3)


 翌日、アルルカは昼前に手土産を持って孤児院を訪れた。

 孤児院にある中庭で子どたちが走り回って遊んでいる。そこにナーラの姿は見当たらない。


「あら、またいらしてくださったのね」

「これ、よかったら子供たちと食べてください」

「まあまあありがとう。手土産なんて若いのにしっかりしてるのね」


 院長室に通され、院長に手土産に買ったこの街で人気だというジャムの入った饅頭を手渡す。

 時折扉の間からこちらを覗き込んだり、つま先立ちをして一生懸命覗こうとしている子供たちが目に入り微笑ましくなる。

 院長と向き合って座るとすぐさま本題へと入った。


「保護者として私がついて行きますのでとある子の外泊許可をください」

「まあ」


 アルルカのその言葉にこれまで穏和な笑顔を浮かべていた院長がこちらを観察するように鋭い目を向けてきた。


「ある子、というのはナーラですね? 昨日仰っていたことと関係が?」

「ええ。また1人で抜け出すようなことがあるよりも安心だと思います」

「……貴方がリチェルカであることは分かります。わたくしも長くを生きておりますから、幾度かお会いしたこともございます。けれど、貴方という人間をわたくしは知りません。なので貴方を信頼して大事な子供を任せて良いのか、今のわたくしでは分からないのです」


 院長の言うことは最もだろう。はっきりと自分を信頼出来ないと言われているのにアルルカは全く気分を害することはなかった。それどころか院長への信頼度は上がっていた。

 ならば自分も院長から信頼を勝ち取らねばならない。


「貴女から私自身への信頼を得るにはきっと多くの時間が必要だということは分かりますが、その時間がありません」

「そうでしょうとも。貴方はリチェルカ。ここで長くを過ごすお方ではありません」

「もちろんそれもあります。今日でなければならないのです。私の滞在中で彼女の望みを叶えることが出来るの今日だけなのです」


 院長がアルルカの真意を探るようにじっと見つめる。アルルカはそれに負けないほどの強い目で院長を見つめ返すと、その場で立ち上がり、そして跪いた。銀のプレートが揺れる左手を胸の前に置く。リチェルカとして認められた時にもしたこの動作。


 これはリチェルカの誓いだ。


「アルルカ・ミラという1人の人間ではなく、リチェルカとして必ず貴女の大切な子供をここへ返すことを誓います」


 頭を垂れるアルルカを静かに見下ろす院長。

 流れた暫しの沈黙を破ったのは院長だった。


「ふぅ。わかりました。許可をお出しましょう。どうぞ頭を上げてくださいませ」


 アルルカはゆっくりとした動作で顔を上げる。


「聞いていましたね? 貴女にその気があるのならきちんと泊まる準備をしていきなさい。ナーラ」


 院長室の扉からナーラがおずおずと顔を出してそろりと中へ入り、院長とアルルカを交互に見ては何かを言いたげにもじもじとする。

 中々口を開くことの出来ないナーラにアルルカは自分から声をかけた。


「ナーラ」

「おにいちゃん……あの、」

「金の林檎を見に行こう」

「……うんっ!」


 ナーラが頬を赤らめて興奮気味に同意を示した時、院長室の扉が大きな音を立てて開かれた。あの時、ナーラをからかっていた2人の男の子だ。

 院長が客人の前で勝手にしかも乱暴に扉を開けたことへのお叱りを飛ばすと2人はびくりと肩を跳ねさせた後キッとアルルカを睨んだ。


「おいっ! お前何歳だ!」

「14……15になったかな」

「ナーラに手を出す気じゃないだろうな!」


 どうやらこの2人はナーラをからかいはするが、大事にも思っているらしく、アルルカを警戒していた。その微笑ましい姿にアルルカはにっこりと笑う。


「俺が好きなのは歳上だから」


 それでもアルルカを不審者を見る目で見つめる2人に声を落としてとある言葉を伝える。


「好きな子には優しくした方がいいと思うよ」

「だっれがナーラなんか!!」

「ナーラがなに?」

「なんでもねぇよ!! ばかナーラ!!」


 小さな子猫が威嚇しているようで声を出して笑ってしまうとまたキッと睨まれる。


「心配なら君たちも来るといい。院長先生、どうでしょう」

「そうですね。……あなたたちが行きたいというのなら」


 院長の言葉に2人は即答で行くと答えた。

 アルルカに反応していたのは主に特に勝気な子で、もう1人は本当にただただ兄としてナーラを心配していただけのようだった。

 子供たち3人を引き連れ街の端に辿り着くとアルルカはカバンから手のひらに収まるほどの大きさの水晶玉のようなものを取り出した。


「おにいちゃん、それなあに?」

「これは記録水晶(ログスフィア)っていう見たものを記録する道具だよ。俺の仕事は色々なところに行ってこうやって記録をすることなんだ」

「きれー」


 アルルカを警戒していた2人もナーラと同じように記録水晶に魅入っている。


「さ、じゃあ行こうか」


 アルルカははぐれないように3人に縄状にした布を持つように言う。この布はアルルカの腰に繋がっている。目を離さないつもりだが、万が一ということがないための対策だ。

 昨日と同じように炭鉱を尻目に林へと入っていく。

 林の中が恐ろしいのか子供たちはお互いに引っ付いて進んでいく。昨日立ち止まってしまったところはとうに超えて更に奥へ。林を抜けると当たりが一気に拓けていた。そこには1軒の家と沢山の平たい林檎……平果が木に実をつけていた。


「やっぱり平果じゃん」


 ナーラは不安になりアルルカの手をぎゅっと握る。


「まあまあ。焦らない焦らない」


 アルルカはそこにある家の戸を叩く。中からはティアとティアによく似た女性、ティアの妹のテミスが出てきた。


「いらっしゃい。疲れたでしょう。パイは好きかしら?」


 家の中に招かれ姉妹特製の平果パイが振る舞われる。

 黄金色に焼かれた平果パイにシロップがとぷり、とかけられる。


「平果は火を通してもまだ酸っぱいの。だからこうやってシロップをかけて食べるのよ。足りなかったら追加でかけてちょうだいね」


 ナイフとフォークを使ってパイを割く。サクッと音がして中からは薄く切られた平果の層が現れる。


「おいしーっ!」

「すっげぇうまい!」

「おいしい……!」


 パイの観察をしている間に子供たちはすでにパイを頬張っていた。美味しい美味しいと食べる姿を姉妹が微笑ましく見ている。アルルカも子供たちに倣い1口。

 サクサクのパイ生地と、火が通りながらもシャキリとした歯ごたえの残る平果の食感。パイ生地の甘みと少しの塩気、平果の酸味とシロップの甘さが絶妙で驚く程に美味しかった。


 そして金の林檎を見ることもなく時間は過ぎこの家で夕食までを終える。アルルカは姉妹に子供たちを泊めてもらうように昨日交渉していた。もちろん、ナーラに2人が付いてこようとするのも想定して子供3人分。

 アルルカも15歳といえど男だ。アルルカも一緒に泊まればいいと言われたが断り、テントを家の外に張らせてもらうことになった。

 アルルカがテントを設置していると子供たちが興味深そうにじっとその様子を見ていた。


「もしかして興味ある?」

「べっつに~」

「おれはちょっと興味ある」


 1人が興味を示せばそれに続きたがるのが子供だ。

 結局3人ともアルルカと一緒にテントで寝ることになった。姉妹から毛布だけはたっぷりと借りることが出来たので寒くて震えることはないだろう。アルルカに旅の話をせがんではそれを聞き目を輝かせてまるで物語のような旅へと思いを馳せては興奮し、2つ3つ話した頃にはすっかりアルルカに懐いたようだった。つい先程まではしゃいでいたと思ったが、初めての外泊に子供たちはうとうととし始める。

 月が真上に上がる頃には子供たちは寝てしまっていた。夜明けにはまだ少し時間がある。アルルカは記録水晶を持ってテントの外に出た。林檎畑の様子を隅々記録をしておくのだ。


 林檎畑を見て回っていると崖に羊が何匹か現れた。

 よくよく見るとその羊は毛色が一般的な羊とは違い、月の光によって色を変えているようにも見えた。どうやら光を反射する性質を持っているようだ。


「カペルスですよ」

「テミスさん」

「雪が降る前によく訪れるんです。冬を呼ぶ羊、なんて呼ばれてたりしてますけど、たまに夏にも現れるので……。平果は夏と冬に実るんです。なので多分落ちた熟しすぎた平果を目当てに来てるのかなって」


 アルルカが外に出ていることに気づいたテミスが上着を羽織り現れ、カペルスという羊について説明をしてくれる。

 カペルスは人を恐れないのか、数匹がいつの間にか近づいてきていた。少し触れただけで毛が手にくっついてしまう。


「そろそろ子供たちを起こしましょう」


 テミスはアルルカと一緒にテントで眠る子供たちを起こしに向かう。優しく起こされた3人はぐずることもなくすぐに起きてきた。


 空は一段と暗くなり、そして薄らと光が昇り始める。

 夜明けが始まった。


 谷になっているこの場所に細やかな朝日が零れ落ち、風が吹き込んでくる。その風にカペルスの毛が攫われて宙を舞い幾分か平果へとくっついていく。

そして零れ落ちてきた光がその毛に反射すると――


「金の林檎だ……!」


 まるで平果はキラキラと光る金色をした林檎に姿を変えた。


 この現象は雪の降る前の寒い時と夜明けの時間、そして換毛期のカペルスが現れること、谷を抜けていく風の全ての条件が揃って初めて見ることが出来る。

 そのため街の人の中に金の林檎なんてものを知る人はいなかったのだ。


 金の林檎の正体は、見間違いであり、平果であり、確かに金の林檎であった。


 美しいその光景を目にしたアルルカは瞳を輝かせ、隣で金の林檎に見惚れ頬を染めるナーラへと声をかける。


「金の林檎……あったねナーラ」

「うん!! ありがとうおにいちゃん!」

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