第13話 迎え
この場所についてから14日経った。最初の5日が過ぎてからはずっと朝方から日が暮れるまで焚き火を絶やさないようにとアルルカが指示をしていた。
今日も朝から焚き火をし、ついでに水を沸かす。
「朝のお湯に慣れてしまいました……。もうお湯なしの生活を考えられません」
「目覚めにいいよね」
ズズっとまだ熱いお湯に警戒しながら啜る。
朝ごはんに木の実をポリポリと食べながら今日の予定を立てる。
エレインが組手が出来ることが判明してから軽く手合わせをすることが日課になっていた。今のところ最初の2戦以降はアルルカの勝ち越しだ。
「エレインさんはなんというか、動きが素直だよね」
「そういう、アルルカは、搦手が多いですよね」
息切れをしながら悔しそうにエレインは言い返す。
「ずっと自分より強い相手としかやってないからさ。自然とそういう形になるんだよね」
アルルカの手合わせの相手の大半が年上でアルルカよりも体格の良い人ばかりだった。小柄な方のアルルカは純粋な力では彼らに勝てなく、頭を使って戦いに挑むのが癖になっていた。
最初に負けたのも自分と同じくらいの体格の人との手合わせに慣れていなかったからだった。エレインは力こそ強いが動きが単調で素直なためアルルカのひっかけにすぐに引っかかり、負けを積み上げることになっている。
水を飲みながら息を整えているとピィーーーーッと甲高い音が鳴り響いた。
アルルカが空を見上げながらエレインへ火を消して荷物を纏めるように指示をする。
火の始末をし、荷物を持ってザックエリアの中心から少し離れる。
遮るものなどなかったザックエリアに大きな影が現れる。
バサバサと羽ばたく音が聞こえ、その影の正体がゆっくりと降下し先程までアルルカたちがいた場所へ姿を現した。
5mはありそうな巨大な鷹のような生き物の上からリチェルカのローブを着た人が下りてその生き物の頭を撫で、アルルカたちへと手を振る。
「行こう」
アルルカが駆け寄るとアルルカの頭をガシガシと撫でている姿は親しい間柄なのだと察することが出来た。アルルカの後ろから現れたエレインに気がつくと、付けていたゴーグルを上げて二カリと笑った。
「アルルカのガールフレンドか?」
「違う」
「ジョーダンだよ。聞いてたリチェルカ志望の子ね。俺はクルト。こいつは俺の相棒のマリーベル」
クルトと名乗った男は鷹をマリーベルと呼んだ。
「別嬪だろ?」
一般的な鳥類が1対の羽根を持つのと違い、マリーベルには2対の羽根があった。
エレインがマリーベルの羽根に興味を持っているのに気づいたクルトが声をかける。
「君。翼獣を見るのは初めて?」
「はい……! 存在するとは知っていましたが、見るのは初めてです」
翼獣という生き物は突然変異で現れる。文字のごとく翼の生えた動物だ。リスにも猫にも蛇にも馬にもそれこそマリーベルのような元々翼を持つ鳥類にも現れる。優秀な個体に翼が生えるとされているが、未だその法則もメカニズムも解明されていない。個体数も多くはなく、認めた者以外へは決して気を許すことはないため調査が困難だからだ。
しかし何故かリチェルカの相棒動物に翼獣が登録されることがままある。
「乗りながら教えてやりなよアルルカ」
「うん」
まさかマリーベルに跨るのかとエレインは驚いたがよく見ればマリーベルの足元には人が入るであろう宝箱のような形状をした何かが置かれていた。
アルルカは慣れたようにそこに近づき扉を開けエレインに中に入るように言う。
中には向かい合うように椅子が置いてあり、頑張れば6人ほどが入れそうな広さだ。
アルルカとエレインが向き合って座るとアルルカがどこからか出したクッションをエレインへと渡す。
「最初はかなり揺れるからそこ掴まってて」
手元にある取手に捕まるとグラリと揺れる。手の足に力を入れてふんばるとふわりと内臓が浮く感じがした。窓から外を見れば地面は既に遠く、見上げていた森を見下ろしていた。
「マリーベルは空鷹の翼獣で、体格は空鷹の中では小柄な方かな。翼が増えた分早くて安定した飛行をする」
空鷹と呼ばれる種は鷹と同じ生態をしているがその姿は小さいものでも全長3m、確認されている最大個体の全長は8mとなっている。その巨体が翼を広げて飛ぶ姿は正に空の覇者といった貫禄だ。
「翼獣の翼は鳥型とコウモリ型、虫型があるんだけど」
鳥型は名の通り鳥のような羽毛のある翼のことで、特に身体の大きな動物はこの鳥型である場合が多い。
コウモリ型は爬虫類系の動物に多く、滑空に向いた骨組に皮膜が貼られたコウモリのような翼だ。空想上のドラゴンはトカゲなどの爬虫類の翼獣だったのではないかという説を提唱している人もいるとか。
虫型は珍しく、蜂のようなものもいれば蝶のようなものもいる1番多様な形をしているがどれもが虫と同じ翅だ。小動物や爬虫類に稀に生えるが確認された数はかなり少ない。
「全体的にも相棒動物として登録されてるのも鳥型の翼獣が多いかな」
「移動とかは楽になりそうですね」
「チ?」
「ティティに翼が生えるなら鳥型かな。虫型だと飛べなさそうだし」
「ヂ!?」
ティティの背中を撫でながらにこやかに辛辣なことを言うアルルカに心外だとでもいうようにティティは振り向いたが、すぐにコロンと転がされ撫でられ溶けていく。
「まあ翼がなくても信頼出来る子が1番だよね」
「そうですね」
風が強くなったのか少し揺れが激しくなる。
外を見ればかなり上空にまで来ており、すぐそばに雲がある。
「かなり上の方で飛ぶんですね」
「他の鳥類とぶつからないようにね。空鷹って名前だけあって他より高度のところまでいけるんだ」
2人がそう話しているとどこからかクルトの声が響く。
「おふたりさん、しばらく大きく揺れるから揺れが止まるまで掴まってな」
クルトの指示に従い取っ手をしっかりと掴むと、離陸の時よりも大きくガタリと揺れた。
外の景色がすごい速さで進むのを見てスピードを上げたのだと理解出来た。先程よりも上空へと向かっているのか耳が詰まる感じがした。
「エレインさん鼻を摘んで鼻から息を吐いて空気抜きして」
アルルカの言った通りに空気抜きをすると耳の詰まりが取れたが上空の空気にはやはり慣れない。
気を紛らわそうと目を開けると天井に拡声器のようなものかがついており、形状的に先程のクルトのアナウンスはあそこから流れたのだろうと推測できた。
一際大きくガタリと揺れるとピタリと揺れが止まった。
扉が外から開かれるとゴーグルをしたクルトが顔を出す。
「お疲れさん」
エレインはクルトから差し伸べられた手をとり外へ出ると雲と同じ高さに降り立ち、目の前の光景に言葉を失った。
天高い断崖絶壁の場所にそびえ立つ更に高い塔こそが2人の目的地、リチェルカ本部だ。
「念願のリチェルカ本部を見た感想は?」
「とても、とても胸がドキドキしています」
大きな目に薄らと涙の膜を貼りながら本部を見上げるエレインをアルルカとクルトは笑顔で見ていた。
「ようこそリチェルカ協会本部へ。未来の同胞よ」




