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第12話 テールスープ

 ザックエリアに戻り、木の実を洗いパンノキモドキの実の処理をする。

 外側の表皮を厚めに切り落とし、4等分に切り分ける。切る時にミチミチッと音がした。中央に密集している種を綺麗に取り除く。半分をよく洗ったパンノキモドキの葉で包んでおく。

 残されたものの半分は人差し指の爪ほどの厚さに切り、もう半分は大きめのざく切りにする。


「結構力仕事なんですね」

「実が詰まってる分固いからね。熟したやつは柔らかいらしいけど、これはまだ青いから特に固いや」


 アルルカが火の用意をしながらエレインに話しかける。


「お昼は焼いたパンノキモドキにしよっか」

「焼いて食べるものなんですね」

「生食するには固さがね」

「チ?」

「ティティはいけても人間には固いんだよこれ」


 不思議そうに見上げるティティを撫でてやり、熱した鍋に少し厚めに切ったパンノキモドキを入れて両面を焼くと、中まで火を通すために布を被せて火から下ろす。


「野営は慣れた?」

「おかげさまで。あまり辛いことはないですね」


 野営をするようになってからアルルカが先に素早く準備をしてしまうのでエレインはやることがなくなることが多かったが、エレインがやりたいと言えばやらせていた。エレインに慣れるまではあくまでもアルルカはエレインを同行する客人という扱いをしていた。エレインの為人(ひととなり)や素質、根性、向上心を見てアルルカはだんだんと自分からエレインへ仕事を任せるようになっていった。


「あと10日くらいは野営すると思うけど大丈夫かな」

「大丈夫です。リチェルカになったら1人でもっと長く野営することもありますもんね」


 自分がリチェルカになることを疑いもしないエレインにアルルカは目を細める。


「エレインさんがリチェルカになったら楽しそうだね」


 エレインにも聞こえないほど小さな声でそう零した。

「アルルカのお話聞きたいです」

「俺の?」


 パンノキモドキに火が入るまでにはまだ時間がある。

 アルルカは何を話そうかと昔の記憶を辿った。


「そうだな……真紅のテールスープとかどうだろう」

 


 アルルカが師匠のルナルスと一緒に旅をしていた時のこと。

 次の目的地に向かうまでの中継地として入った街だった。

 キョロキョロと周りを見渡しながらルナルスの後をついていくと街の至るところに赤い何かが必ずあることに気づいた。

 赤い屋根が多かったり、赤い花が多かったり、道が赤かったり。街人もどこか赤いものを身につけている人が多いような気がした。

 その街にリチェルカ協会はなく、適当に目についた古びたお店に入った。レストランを営む宿屋だった。

 真っ赤な薔薇が庭に咲き誇る。外からも店の中に入っても薔薇が目に入るようになっていた。

 幸運にも部屋に空きがあり、アルルカとルナルスはこの薔薇の店に泊まることになった。


「すっごい赤い薔薇」

「確かにな」


 この店の庭にある薔薇は通常の薔薇に比べて小ぶりだが鮮烈なまでに赤くその存在を主張していた。


「気に入りましたか?」


 薔薇を眺める2人に店主がにこやかに話しかける。


「この薔薇はね、昔この店を守ってくれたんだ」


 かつてこの街の富豪に赤を愛する美しい娘がいた。

 彼女はドレスから寝具、屋敷の至るところまで赤に染め上げた。決して下品にならないように差し色を入れ、いかに赤が美しく映えるかを考えたその赤の屋敷はこの街のシンボルとなった。

 娘はその美しい容姿から求婚者が絶えなかった。煩わしく思った娘は「私が1番美しいと思う赤色を持ってきた者と結婚する」と言い、こぞって男たちはとびきり赤いものを持参した。


「昔うちは借金していてね……取り立てが来た時に美しいお嬢さんが助けてくれたんですよ」


 古びた1軒の店を何故助けてくれたのか問うと彼女は「薔薇が美しかったから」とだけ言って去っていった。


「どこの誰かも分からない時にとびきりの赤い色を所望するお嬢さんがいると聞いて、店主はあの子に違いないと確信したそうだ。これでお礼が出来ると」


 娘の元へは多くの求婚者と多くの赤いものが訪れた。

 ある者は真っ赤なドレスを。ある者は真っ赤な宝石を。真っ赤な髪の使用人を。真っ赤な花を。真っ赤な口紅を。あるものは……。

 しかし娘はその全てを断った。

 豪華な調度品に囲まれたその場所にくたびれた服を着た料理人がひとり現れた。


「貴方が赤いものを求めてると知り、この料理を完成させました。どうぞ受け取ってください」


 娘の前には見事なまでに美しい料理が並べられた。赤1色ではないことに周りの求婚者たちは笑ったが、娘だけは全てが赤を引き立てるような工夫がされていることに気づいていた。

 娘の手元に置かれた一際美しいスープに娘は目を奪われた。


「これは?」

「テールスープでございます」


 そのテールスープは光の角度によってその色の濃さを変え、ルビーのように、ガーネットのようにスピネルのように輝いた。


「……美しい」


 その言葉に料理が花のように笑う。


「見るところ貴方は求婚者ではないようだけれど、どうしてこれを持ってきたの?」

「覚えてないかもしれないですが、昔貴女に助けていただいたのです」

「私が?」

「薔薇の花が美しいからと」


 娘の記憶には確かに美しい薔薇があった。

 娘はたったそれだけのために、ただ娘が喜ぶだろうと料理を用意した料理人を好ましく思った。

 それからたびたび料理人の店に行っては薔薇を眺めつつテールスープを飲み、料理人との仲を深めていった。

 そのことからこの街では赤は良縁に恵まれる縁起が良い色とされ愛されている。

 話を聞いていたアルルカたちの前にコトリと皿が置かれた。


「といった話が元に作られたのがこのラヴァテールスープです」


 皿には赤い色のスープが揺れていた。



「え、結局それは本物だったんですか?」

「話が本当だったのかも分からない」


 ドキドキと聞いていたのに最後に本当かどうかすら分からなくなってしまった話にエレインは衝撃を受けた。


「スープは美味しかったけどね」

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