第9話 食の街(3)
アルルカとレネの手には半分に分けられたロングホットドッグが握られていた。
隣に立つエレインの手には記念コインが握られていた。
なんとエレインは大食い大会で3位に入賞したのだ。
表彰の時に他2人の女性参加者たちがエレインと固い握手をしていたのが何故か印象的だった。
大会が終わった後はミセスホッグスドッグの屋台でロングホットドッグが買えるようになっており観客が殺到。司会者の巧みな食レポと大会参加者たちの食べっぷりに思わずアルルカも購入してしまった。
1本丸々は無理なのでレネと2人で分け合うことにしたのだが、それでも中々の大きさがある。
「エレインさんすごかったです!」
「ほんと、あれだけ食べれるとは思わなかった」
「その、いっぱい食べることが可能というだけで必要というわけでは……」
少し恥ずかしそうにしながらエレインは手元のコインをいじる。
「アルルカが」
「うん?」
「最初に会った時に聞きましたよね。記憶や景色、食べた物はなんだったか」
最初にそれを聞かれた時、エレインはほとんど答えることが出来なかった。食べものなんて食べることが出来るならそれで良かった。
「あれを聞かれてから、色々考えるようになったんです。この街はどんなところなのかどういう物語があって歴史が築かれたのか。この食べ物はどうして生まれたのか」
レネは不思議そうな顔をしてエレインを見上げたが、アルルカはふっと微笑んでロングホットドッグを齧る。
今ある建物、食べ物、衣服……その全てに歴史はある。自然や生き物に物語と歴史があるのと同じように。
どうやらエレインは人間の築くものに強い興味と関心があるらしい。
「私どうやら……食べることが好きみたいです。旅に出て初めて知りました」
「チィ!」
ポケットの中でふて寝からの熟睡をしていたティティが目覚めたようで顔だけを器用に出してアルルカの手元を見て鳴いた。
「お腹空いた?」
「チ!」
腸詰めの触れていない部分のパンをちぎりティティの口元へと持っていけばそのままかぶりつかれる。もぐもぐと咀嚼したあと何か足りなくないか? というように不思議そうな顔をしたティティにアルルカは苦笑いする。
「流石に腸詰めはティティには塩分が多いよ」
その様子を見ていたレネも自分のパンをちぎってティティに差し出す。ティティは小さく「チィ……」と鳴きそれに齧り付いた。心做しか先程より一口が小さい。
「ティティも食いしん坊さんですね」
「ヂィ……」
パンだけでは足りなかったのかアルルカの鞄の中から自分で集めていた木の実を取り出していくつか食べると再びポケットの中に収まった。
ロングホットドッグを食べ終わるとレネが広場の真ん中にそびえ立つ大遠見櫓を登ろうと発案した。
「俺たちでも入っていいものなんだ」
「はい! 1度に入る人数は制限されていますし、色々ルールはありますが誰でも登れます。ただ、階段が急で高いとろまで続くので体力がない人は厳しいかもしれないです……」
街の周りの壁と一体化している遠見櫓には入ることは出来ないが、ルールこそ多くあれど唯一この大遠見櫓には入ることが許可されている。
中で食べ物を食べないこと、途中で長いこと立ち止まらないこと、1度に入る人数は最大5名まで、櫓を傷つけるような行為をしないこと……等々櫓を大切に維持していくための常識的なルールが設けられていることが入口に立つ警備員から聞かされ、3人は櫓を登り始めた。
レネの言った通り登りにくい階段だった。階段の縁が少し欠けていたり丸まっている。修復した跡すらあり、建物の古さが伺える。
「流石リチェルカですね!」
「レネは慣れてるね」
「何度も登っていますから!」
楽々と登って後ろをついてくるアルルカとエレインをレネはキラキラとした目で2人を振り返った。幼いながらに階段を登っていけるレネの根性と体力もなかなかのものだ。
登りきると閉じきった壁の一部分が切り取られており外へと出て櫓周りを一周歩くことが出来るようになっていた。この部分は他の遠見櫓にはなく、唯一この櫓にのみ存在している。
街が一望できるその景色は確かに登るだけの価値があるとアルルカとエレインは目の前に広がる街を眺めた。その傍でレネは忙しなく目や顔をあちらこちらへ動かしていた。何かを探すように。そうして一通り見てからレネは落胆のため息を落とす。
「レネ?」
「いないと分かっていても探してしまうんです。もしかしたら帰ってきたんじゃないか、もしかしたら迎えに来てくれたんじゃないか……」
自分を置いていってしまった親を見つけるためにレネはこの大遠見櫓へと何度も登った。最初は半分しか登れなかったのに、ここまで登りきれるほど、登り慣れるほどに何度も。
希望を抱いて登っては、打ち砕かれて降りていくのを繰り返し今でもまだ諦めることは叶わない。
「ばかですよねっ……」
強がって笑うレネの頭をそっとアルルカは撫でる。
「レネは馬鹿なんかじゃないよ。子供が親を恋しがるなんて、きっと普通のことだから」
大きい目から涙を零してしまったレネにエレインがそっとハンカチを渡し、ティティも大丈夫かと心配してポケットから出てきてレネを見上げる。
「チィ」
こうして誰かに話したこともなかったのかもしれない。ずっと我慢していい子にしていたから街の外の人にやっと本音を言えてついタガが外れてしまったのだろう。鳴き声をあげることはなく、ただただ流れる涙を拭うレネの涙が止まるまでアルルカたちはこの美しく忙しない街を見ていた。
泣き疲れたのかレネは櫓こそ自力で降りることが出来たがリチェルカ協会へ戻る頃にはうつらうつらとし必死に眠気と戦っていた。
「おかえりなさい」
「ただいま、帰りました……」
「お疲れ様レネ。眠そうね? 今日はもうおやすみなさい」
「はい……。すみません」
レネはアルルカたちに頭を下げて受付の中へと下がっていった。
「今日はありがとうございます。レネはどうでしたか?」
「ハキハキ喋るし、受け答えもしっかりしてたし……少し空回りするところもあるけど慣れれば大丈夫じゃないかな?」
「そうですね。この年でこれだけ出来ればとてもすごいのではないでしょうか」
アルルカとエレインの評価に受付の女性はほっと胸をなでおろした。一応櫓でのレネの様子を報告すると悲しそうに眉を八の字にしてレネの去った場所を見る。
その女性の様子を見るに親密になればなるほどレネは本音を隠してしまうのだろう。今回アルルカたちに打ち明けたのは信頼出来る保証のある人間であると同時にまた会うかも分からない外の人だったからなのかもしれない。
明日食料の買い出しをし、荷物の整理をしてからこの街を出ると予定を立て、今日はもう休むことにした。
一旦暫く更新停止します。
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