第9話 食の街(2)
癖のある伸びかけの短い髪を揺らしてソバカスのある頬を緊張で赤く染めながら、少し裏返った声で自己紹介したその子供はレネといった。
おそらく商人だった親から男性のことは旦那様と呼ぶようにと教えられていたのだろう。まだ子供の名残を有するアルルカにもその名称が使われたことにアルルカは苦笑いした。
「よろしくレネ。俺のことはアルルカでいいよ」
「私のことはエレインと」
「はい! アルルカさま、エレインさま!」
微笑ましいレネの姿にくすりと笑みが浮かぶ。
レネはちらちらと後ろを着いてくるアルルカ達を確認しながらひとつひとつを紹介していく。あまりに全てのものを紹介していくので10分ほど経ってもまだ協会の姿が確認出来る位置にいた。
苦笑いをしてアルルカはレネにもう少し大雑把でいいと伝えると冷静になって自分が空回りしていたことに気づいたレネは顔を赤らめた。
レネの解説を聞きながら客を呼び込む声に引かれ屋台で購入しては3人で分け食べ歩いていく。
「レネ」
「はい! なんでしょうか?」
「この街で食べた方がいいものってある?」
「それなら水鳥通りの腸詰めを……でも隣の魚串のが……でもでも、それなら水樹通りのお魚のほうが……」
レネは思いつくかぎりのお店を早口でずらっと並べながらひとつに絞れないようで目を回して考え込んでしまった。
「レネが好きなのは?」
「ぼくは……その、」
アルルカから質問されたレネはもじもじと指を擦り合わせて伺うようにエレインを見上げた。視線に気づいたエレインがレネと目を合わせる。
「私もレネの好きな物が食べてみたいです」
「……わ、わかりました!」
レネが2人を連れてきたのはこの街の中央にある広場だった。
「大遠見櫓広場の端に……ここ、です」
広場の中心にある塔のような建物から離れた広場の端にある古い建物の前でレネは止まった。
店の前には屋台のようなものが出ており、鍋からは湯気が出ている。その前に客が並び串に刺さった何かを立ち食いをしていた。
「その、女性の方はあまりこういう、立って食べるようなものは好きじゃないかもしれないですけど……」
えへへと笑うレネにエレインは「そんなことないですよ」と優しく声をかけここでは何を食べられるのか聞いた。
「ここはですね、串煮のお店なんです」
魚や海老、貝などの海鮮系から鶏肉や兎肉、臓物系の肉類、根菜などの野菜も様々なものが串に刺さって煮込まれているのだという。
鍋から自分で食べたいものを取って皿に乗せ、串の本数で会計するらしい。
「甘くてしょっぱくてとっても美味しいんですよ」
「レネのおすすめは?」
「ぼくはお芋とハナエ貝とレバーが好きです!」
「ハナエ貝というのは初めて聞きました」
「この辺の川で採れる貝で小さくてあまり食用としては他のところに出ていかないんだそうです」
アルルカはレネにおすすめされたものと思わしき具が刺さる串を取り皿に乗せるとレネに差し出した。
「はい、レネの分」
「えっ、でもぼくは仕事中ですし……道中も沢山分けてもらいました」
「仕事の報酬に入れておくといいかもね」
「そうですね。案内人の人も一緒に食べるということになれば、一定の美味しさは安心出来そうです」
それらしい理由を並べたてるアルルカたちにポカンとした顔をしたレネはいつのまにか串の並んだ皿を受け取っていた。
アルルカはレネのおすすめの芋とハナエ貝、海老を。エレインはハナエ貝とレバー、焼き麦団子を選んだ。
芋は芋がそのままな訳ではなく潰して固めたものがかなりの大きさで串に刺さっていてこれだけでかなり腹が膨れそうだ。焼き麦団子も同じような大きさでこちらは丸々とした団子が2個並んで刺さっていた。
ハナエ貝はレネの言った通りに身は小さく、1本の串に10個ほど連なってぎゅうぎゅうと身を寄せあっている。他のものより値段が高いのだろう海老は2本の串に刺さっており殻や頭もそのままだ。レバーはどこの部位かの説明もなく、見たところ色々な部位がランダムで刺さっているのだろう。
それぞれハナエ貝から手にとるとかじりと前歯で先のひとつを串から外す。コリコリとした歯ごたえは中々楽しく海の貝にはない風味が濃い味付けにも関わらず残っていた。
「塩気と甘みが絶妙です。このハナエ貝の食感も良いですね」
「うん。あんまり食べたことない味だけど美味しい」
「煮込んでるスープに使われてるものは隣の大陸から来たもで10年ほど前から少しずつ流通するようになったらしいです。ぼくは生まれた時からあったので慣れてますけど、外の人なら珍しいと思います!」
口にあるハナエ貝を急いで飲み込み説明をするレネにほっこりとしながらアルルカは芋を、エレインは焼き麦団子を手に取りかぶりつく。もぐもぐと少し長めに咀嚼して飲み込むと不思議そうに首を傾げ串を見た。
「煮込んであるのに弾力があって香ばしいです。1度焼いているのでしょうか」
「こっちの芋も何かに包まれててパリッとしたな」
お店の秘伝なのだろうか常連のレネも麦団子と芋の細工は分からないようだった。
串もあと2口ほどとなった頃、大きな声が辺りに響き渡る。
「大会出場は集まってくださーい! 大食い大会まもなくです!」
ぞろぞろと人が広場へと集まっていく。いつの間にか広場には机と椅子など会場設置が終わっていた。
「先程騎獣舎でいただいたチケットの大会でしょうか」
エレインはそう言いながらチケットを取り出して確認する。
「食べる前なら良かったね」
「え? アルルカは参加しませんか?」
「エレインさん参加するの?」
同じだけの量を食べたエレインが参加に前向きなことにアルルカは驚く。
「せっかくですし……」
「応援してるから行っておいで」
「ぼくも応援してます!」
アルルカが軽く手をあげて応援する横でレネは両手をグッと握りしめてエレインへと激励する。その激励を受けてエレインは会場へと向かった。
「ここからでも見えるけど始まる頃に近くに行こうか」
「はい!」
レネは急いで残りの串を平らげた。
大会開始のベルが鳴る。
「これより第49回大食い大会を開催します!」
長い机に1列に参加者が並ぶ。参加者は10人ほどだろうか。その中の右から3番目にエレインはいた。
エレインの他にも女性参加者は2人ほどいるがどちらも方向性は違えど体格が良くいかにもたくさん食べそうな見た目をしている。野次から女性名が飛んでいるのを聞くかぎりどちらかは、もしくはどちらともこの大会の常連なのだろう。
「エレインさん大丈夫ですかね……」
「うーん、どうだろうね。今のところ大食いって感じのところは見たことないけど」
何より出会った当初はあまり食に頓着していない様子だったことをアルルカは思い出していた。
ふいにレネがアルルカの裾を引っ張った。気づいたアルルカがレネを見ると驚いたような焦ったような顔をしたレネがどこかを指さしていた。
「大変です! あの看板は……!」
指が示す方を見ると豚と鳥の足跡の絵と共にミセスホッグスドッグという店名の書かれた看板が掲げられ、屋台が4台並んでいた。
「この街で1番伝統ある腸詰めを売っているお店です! 今回の料理は――」
風に乗って香ばしい匂いが鼻へとたどり着くと同時に司会者のマイクから音が発せられる。
「皆さん気づかれた方もいるでしょう! 今回の料理はミセスホッグスドッグの腸詰め肉を使ったロングホットドッグです!」
司会者の元へとそのロングホットドッグが運ばれる。
「このホットドッグに使われる腸詰めは豚肉の他にイヌドリの肉も使われており肉汁はしっかりと、噛みごたえたっぷりの伝統あるものです! 腸詰めに合うようにこだわり抜いて作られたパンは溢れ出る肉汁を吸って逃がしません!」
司会者の説明に観客はごくりと唾を飲み込む。観客の様子を確認した司会者は渡されたロングホットドッグにかぶりつく。
――パキリっ。プシッ。
パリパリに焼かれた腸詰めが歯によって破られ肉汁が弾け飛ぶ。垂れていく肉汁はしっかりとパンが受け止め肉の旨みがパンへと染み込んでいく。
「肉の旨みを邪魔しないハーブの香りが鼻に抜けていくのが心地よいのと同時にこの重厚な肉の脂分を和らげてくれる。それを支えるのは小麦の優しい甘み……。ぜひ参加者の皆さんに食べていただきましょう!」
食レポを長々と続けようとした司会者を参加者の静かな早くしろという訴えが通じたのか気を取り直して司会者は参加者へと向き直る。
次々とロングホットドッグが参加者たちの前へと並べられていく。
「準備は出来たね? それではロングホットドッグ大食い大会、スタート!!」
その掛け声と開始のホイッスルと同時に参加者たちは我先にとロングホットドッグに手を伸ばした。




