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第8話 隣街へ(2)

 乗るフィリベックが決まると店主が手網をつけ騎獣舎から出して鞍をつけた。


「乗り方は馬と変わらねぇが足の羽には気ぃつけてやってくれ。あと騎獣に乗るのは街から出てからな」


 店主は手綱とフィリベック用の餌をアルルカとエレインにそれぞれ渡し注意事項を伝える。

 2人は餌を受け取るのと交換に代金を渡して鞄にしまい店主からの注意事項を頭に入れフィリベックを連れて街を出るべく歩き出した。

 行商人が立ち寄るこの街では騎獣を連れた姿など珍しいものでもなく、蹴られぬようにと慣れたようにするすると人が避けていく。

 街中を抜け少し離れた場所でフィリベックに跨る。馬に乗った経験もあってエレインもなんなく跨ることが出来ていた。歩かせてみても問題がないようなのでそのまま先へ進むことにした。


「騎獣で長距離移動は初めて?」

「はい。1時間以上乗っていたことはないと思います」

「なら休憩は多めに入れよう」

「そうしていただけると助かります」


 順調に馬を歩かせながら隣街に着く時間を計算する。


 アルルカは自分が初めて騎獣で移動した時の事を思い出した。何事も経験だと言って長くは無い距離を馬で歩いた。その時はちょうど出発地と到着地が同じだった人がいてあっちは歩きだったのにも関わらず到着した日は同じだったのだ。

 だったら馬に乗らなくても良いのにと慣れない移動のせいで痛む尻を摩ったのは今ではいい記憶だ。


 確かに時間は変わらないが騎獣に慣れてしまえば自分で歩くのよりも遥かに楽であった。騎獣の種類によってはかなりの速さで移動することも出来たし、旅をする上で騎獣というものはかなり魅力的なものなのだ。

 それでもアルルカは自分の足で歩くことが好きだと思った。だから基本は歩きで旅をするのだ。

 エレインもこうやって色んな経験をして自分にあった方法を選んでほしいとアルルカは今回騎獣を使うことにした。

 女性が旅をするなら騎獣はいた方がいい。警戒心の強いものならば見張りとしても役に立つだろう。


 街が見えなくなるほど進み、1度水場の近くで昼休憩をとることにした。


「大丈夫そう?」

「はい」


 エレインが水を飲みながらぼおっと遠くを見ているのに気付いたアルルカは隣に座る。


「……、見える景色が違うんですね」

「そうだね」

「なんというか、こう……」


 何とか自分の感じた気持ちを伝えようと言葉を選ぶエレインにアルルカは思わず笑顔になる。


「良い感じ?」

「はい。……とてもよい、です」

「そっか」


 ほんのり冷たい風を受け二人の間にはゆっくりとした時間が流れるのと反対にティティは元気に走り回ったり、草を食んだりして休憩をしているフィリベックにじゃれついたりしている。

 水場の水を汲んでフィリベック用のご飯をふやかして与えてやるとフィリベックは草を食むのをやめてそちらを食べ始める。

 咀嚼をあまり出来ないフィリベックはこうしたペースト状のものを好んで食べるのだ。

 アルルカとエレインもそれぞれパンを取り出す。ティティにも木の実を渡してやるとそれを持ってフィリベックのそばに行き食べ始めた。余程フィリベックが気に入ったのだろう。


 昼休憩を終えフィリベックが回復したのを確認すると再びフィリベックに跨って歩いていく。

 幾度か休憩を入れながら長い道を進んでいく。時折荷物を運ぶ荷馬車とすれ違うのを端に避けて見送った。

 この整備のされた道は馬車がよく通るためなのだろう。

 辺りがオレンジ色に染まり出すと風は冷たさを増す。


「少し肌寒くなってきましたね」


 ここら辺の気候は入り乱れている。

 山では雪が降り、この平地では春のような穏やかな気候になる。そして街がなくなってからは冬とまではいかないが冷たい風が吹き、夜は酷い時は氷点下近くまで冷え込むことがある。


「あと少し進んだら水場があるからそこでテントを張ろうか」


 夕日もほとんど沈んだ頃についた水場は昼のため池のようなところと違い、木枠で囲われ湧き水がそこに流れていくように人間の手で整備されていた。

 慣れたようにテントを張るとアルルカは時間をかけながらも丁寧にテントを張るエレインを見てその間に夕飯の準備を始めることにした。

 商人の街で買っておいた切れ目の入った小さめの丸太を取り出すとその切れ目に火種を落とす。火がついたのを確認すると水場から水を汲み、エレインが買ったものよりも大きなシェラカップで沸かしていく。


「遅くなってすみませんアルルカ」


 テントを張り終わったエレインがパタパタとアルルカへ走りよってくる。


「気にしないで。エレインさんはパンの用意してくれる?こっちが終わったら軽く焼こう」

「わかりました。半分に切れば良いですか?」

「うん。お願い」


 アルルカは沸いたお湯に野菜を干し固めたものを入れ煮込んでいく。きのこも入っているからかこれだけで十分味が出る。

 大きめの平たいパンとナイフを持ってエレインがアルルカの隣に座るとパンを半分に切る。

 出来たスープを半分エレインのカップに入れ、火のついた丸太から下ろす。小さな薄い鉄板を敷きそこで薄切りのベーコンを2切れ焼く。火の通りの早いそれは数秒焼くだけで温まる。エレインから貰ったパンを炙りそれにベーコンを乗せてエレインへと渡す。


「ありがとうございます」


 焼くと外側はカリッとしつつも焼く前よりも柔らかくなっていることに少し感動を覚えエレインはアルルカにお礼を言うとアルルカはティティ用の干し芋を炙りながら先に食べなと勧めるので、エレインはその言葉に甘えて1口齧る。


「チチィ……」


 干し芋をヨダレを垂らしながら見るティティが羨ましそうな声を上げる。


「ほらティティも」

「チィ!」


 軽く炙られた干し芋を半分にちぎって使い終わった鉄板の上に乗せてティティに渡し、アルルカもパンに齧り付く。

 パンのザクッとした食感とベーコンの少しカリッとなった食感が満腹中枢を刺激し、パンの甘さとベーコンの塩気がまた食欲をそそる。


「アルルカ、これ美味しいです」

「でしょ」


 意外とこういったシンプルなものが美味しかったりするのだとアルルカは自慢げに笑う。

 1枚のベーコンでは余るパンはスープに浸して食べる。アルルカがそうしてパンちぎってスープに浸すとエレインもそれに習い同じようにパンを浸して食べる。


「アルルカが固いパンを選んだ理由がわかりました……」


 そう言って頬をピンクに染めながらエレインが呟いた。

 固いパンはよくスープを吸い、柔らかくなりすぎずに食感が残っている。スープの味に消されることもなく小麦の味もしっかりと感じられるのはこのパンだからだろうか。

 干し芋を食べ終わったティティにもパンをちぎって分けてやり嬉しそうに食べるティティを見ながらアルルカはスープを飲み干し、残りのパンでぬぐい取る。

 片付けが終わる頃にはすっかり辺りは暗くなり星が輝き始めていた。

 ぱちぱちと火の弾ける音を聞きながら交互に眠りにつき、移動の一日目が終わる。


 まだ肌寒い中、日の出と共に起きるとまずは自分の身支度をしながらフィリベックの朝ごはんを用意し、テントを畳む。


「今日中にはつけるかな」

「歩きだと数日かかるというお話でしたよね」

「うん。フィリベックは体力もあるし歩く速度も早いからね」


 実はフィリベックは燃費がいい。乗り心地の良さや賢さこそ馬に劣るが馬よりも長く早く進むことが出来るのだ。多くの人には微々たる差だと思われて馬より軽視されがちだが。

 時間であったり距離であったり、金であったり……フィリベックはその微々たるものを節約するには優れているのは紛れもない事実である。


「他の大陸だと馬より主流だったりするしね。優秀なんだよこの子たちは」


 一日目と同じように進んでいくと日が落ちる前に街が遠くに確認出来た。


駈歩(かけあし)させてみようか」


 アルルカはエレインにそう提案するとエレインは少し考え込んだあと頷いた。自分に出来るかどうか考え、可能であることと挑戦することの意義を見出したのだろう。


「本気で走らせるわけじゃないから大丈夫。少し揺れが激しくなるだけだよ。手網をしっかり握って」


 エレインは手網をギュッと握り直す。


「あとは必ず前を見て、走るだけ」


 走り出したアルルカの乗るフィリベックに続くようにエレインもフィリベックを走らせた。


「――、前を、見る」


 ぶわっと顔に当たる風に思わず目を細めてしまったエレインはその目をしっかりと開いて前を見た。

 人が走るより早く、景色は次々に自分へと向かってくる。

 気づけばあっという間に街はすぐそこまでとなっていた。

 川を架かる橋の前で速度を緩めフィリベックから降りて橋を歩く。


 そり立つ石の壁に囲まれたそここそがここら一体で1番大きな街であり流通が行き交う食の街だ。

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