帰省
久しぶりに実家に帰ってきた。
リビングの椅子に座り、ホッと一息。いつぶりだろうか。娘が小学生に上がる前までは遊び相手をしてもらいたくて、よく来ていた気がするけど最近はそう、忙しくて来れなかった。
母は元気そうだ。ルンルンとそのまま口にしそうなくらい機嫌がいい。
数年前に父に先立たれ、今は一人暮らし。さすがに白髪が増えたけど、いつまでも変わらない。母は母だ。
……と私は思いたいのかもしれない。独り言が増えた気がする。元々、次にやることを口にするタイプではあった。
「洗濯物をして」「買い物は午前中、バナナが安いから」「明日もいい天気かな」など。私がまだ高校生の時からその調子で、私に話しかけているのか独り言なのか判断がつかないことが多々あった。なのでしっかりとした質問以外は相槌を打つこともなく無視していた。
思い出すと、少し胸が痛む。なので今日はちゃんと話を聞いて相槌を打つつもりなんだけど……
「そーなのよぉ、ほんとひどいの」
「庭の物がね、また無くなってね。あああ、やっぱり隣の仕業だわ。あのクソジジイよぉ」
「この前なんてね、勝手にうちの庭に入って来たのよ」
「それにね、あの子ったらホント酷いの」
「ご近所のあのゴミ屋敷。知ってる? やっぱり住んでいる人もね――」
「あとあの、そう、名前、あの人も酷いの、私の悪口をねご近所中に話しているのよぉ」
内容が愚痴、悪口ばかり。余程溜め込んでいたのだろうか、次から次へと止まらない。
私は、うんうんとそうねぇを使い分け、否定せず宥めようとしているけど、でも……それ以上に気になるのは母が私の方を全く見ないことだ。それに
「ホント酷いのよ。お父さんったらねぇーえ!」
何言ってるの? お父さんはもう……。
口にしかけた言葉は出口を閉ざされ鼻から息となって霧散した。
やっぱり、現実からは目を逸らせないのね……母は……。
「それにあの子も酷いの。育ててやった恩を忘れてね。
思えばそう、私の事を無視して、それにお友達に話して笑い者にしてね。
私、知っているんだから。母なのに、あの子、本当は私を軽蔑してたのよ。許せないわ」
お母さん、私、でもそんな――
「だからね、懲らしめてやってくださいよ」
え?
「あとね、それからね、隣の家の――」
母はずっと話し続けた。まるで私が見えないように。まるで……。
あ……そうだ、私はもう……死んだんだ。
でも……母が会話している、あれは一体なんなのだろうか。
私があの事故で死ぬ直前に見たものに似ている、あれは……