ただしいぬいぐるみは、うごきません。そうでしょう?
夕やけをおおいかくす雲から、ぽつ、ぽつ、としずくが落ちたとおもったら、あたりはあっというまに、いちめん、まっくら。
まどガラスにたたきつけられる大きな雨のつぶをみて、タロウはおばあちゃんに言いました。
「お父さん、かさ、なかったね」
こと、こと、とんとん。
キッチンからなにかを切る音が聞こえて、そのあいまにおばあちゃんの声がゆったりとひびきます。
「…… そうだねえ」
「かえれるかな、おとうさん」
「だいじょうぶじゃない? おばあちゃん、ちょっといそがしいから、まっててね」
今は、お母さんが入院しているので、おばあちゃんがタロウとお父さんのごはんを作ったり、おせんたくをしたりしてくれるのです。
タロウも、おてつだいをがんばっていますが、おばあちゃんはいつもいそがしそう。
「ぼく、お父さんのおむかえ、いくね」
「お父さんからは、おうちでちゃんとおるすばん、って言われているでしょう? 」
おばあちゃんがちゅういしたときには、タロウはもう、かさをもって、げんかんで長ぐつをはいていました。
「へいき! いってきます! 」
えきまでは、すぐそこです。
タロウはお父さんにかさをもっていってあげて、いろんなおはなしをたくさんしながら、おうちに帰ろう、と思っていました。
ところが。
行ってもいっても、えきにはまったくつきません。
あめはいつのまにかやんで、そこはうっすらくらい、しらないまち。
ふいにタロウは、ふくのはしっこを、くいっ、とひっぱられました。
みると、ぬいぐるみのくまさんが、タロウのふくをひっぱっているのです。むくむくとした足に、ちいさなお花のかざり。
「くまさん、ぬいぐるみなのに、なんでうごくの? 」
「 ………… 」
「ねえくまさん、ここはどこ?」
「 ………… 」
「ぼく、おとうさんのおむかえにきたの。えきはどこ? 」
「 ………… 」
くまさんはしゃべれないみたいです。だまって、タロウのまえにたち、タロウをふりかえりながら歩き出しました。
「こっちなの? ありがとう! 」
「 ………… 」
タロウはくまさんについていきました。
なんだか、ふしぎなまちでした。
ひとはだれもいないのに、あちこちに、だれかがいる感じがします。
だれかがじっと見ているような気がして、タロウがふりかえると、そこにいるのは、すてきなドレスやおようふくをきて、宝石や花できれいにかざられたぬいぐるみ。
「みんな、かわいいね」
「 ………… 」
しゃべらないくまさんが、ふと、足をとめました。
みれば、たくさんのぬいぐるみにかこまれた、おじいさん。にこにこして、やさしそうです。
「やあ、きみは、あたらしい子だね。きょうはどうしたの? 」
「おとうさんのおむかえにいくんだけど、まいごになっちゃったの」
「そうかい」
にこにこしながら、おじいさんは、ふところに手をおきました。
『でてこい、でてこい、まほうのどうぐ。
かんがえなくてもだいじょうぶ。さがさなくてもだいじょうぶ。これがあればもうまよわない。
…… そらとぶまほうのカゴ! 』
まるでドラ○もんのよ○げんポケットのようでした。
おおきくて、キラキラのお星さまとにじでかざられた、とてもきれいなカゴが、おじさんのふところから出てきたのです。
それは、ふよん、とタロウの前にうきました。
「それにのっていけば、すぐだよ」
「ありがとう、おじいさん」
タロウがおれいを言ってカゴにのろうとした、そのとき ――
ばんっ
きゅうに、ぬいぐるみのくまさんがうごいて、タロウをカゴからつきおとしました。
「こら! なにをする! わしのぬいぐるみのくせに! 」
おじいさんは、かんかん。
さっきまでのやさしそうな顔は、どこへやら。りょうほうのにごった目をカッとみひらき、立ちあがって、うでをふりあげました。
『ふってこい、ほのおの雨。
いうこときかないわるいこを、もやしつくして、まっさらに! 』
空から、赤くもえるあつい雨がふってきました。
「くまさん、あぶない! 」
タロウはあわてて、くまさんのうでをひっぱります ―― でも、ちょっとだけ、まにあいませんでした。
くまさんのからだのはんぶんに火がふりそそぎ、まっくろにこげてしまったのです。
『ふってこい、ほのおの雨。
いうこときかないわるいこを、みんなもやして、すてきなくにに! 』
「にげよう!」
くまさんの手をひっぱってにげるタロウのうえにも、火の雨はようしゃなくふってきました。
あつい、あつい。
このままでは、もやされてしまいます。
タロウは、ひっしに足をうごかして、走りました。
どこを、どれだけ走ったかわかりません。
気がつけばタロウは、たくさんのきれいなぬいぐるみが、ぼんやりとすわっている空き地についていました。
もう、おじいさんの声は聞こえません。ほのおの雨も、やんだようです。
「くまさん、もうだいじょうぶ…… あっ」
タロウは思わずひめいをあげました。
タロウが手をひっぱって、いっしょににげたはずのくまさんは、いつの間にかやけこげて、まっくろのぼろぼろ。
はいの山みたいになって、くずれるところだったのです。
「くまさん、くまさん! いやだよ! 」
タロウがなきながらくまさんをよんでいると、ふしぎなことがおこりました。
くずれたはいの山のなかから、ひとりの子どもがあらわれたのです。
子どもは、光りかがやいていました。
「ありがとう、タロウ。やっと、ママとパパのところに帰れるよ」
―― あのおじいさんは、子どもをぬいぐるみに変えてしまう、わるい魔法使いだったのです。もしあのきれいなカゴにのっていたら、タロウもぬいぐるみになってしまうところでした。
おじいさんにぬいぐるみに変えられた子は、さいしょはおじいさんのめしつかいにされますが、そのうちにだんだんとしゃべれなくなり、うごくこともできなくなるのだと、子どもは言いました。
そうすると、おじいさんは、とても大切に、すてきなふくをきせてくれて、おじいさんのお気に入りの場所にかざってくれるのだそうです。
「この子もぼくの友だちだったけれど、もう走らないし、わらわないんだ」
子どもはかなしそうに、耳がおれたウサギのぬいぐるみをだきしめました。
そのうでが、だんだんすきとおってきていることに、タロウは気づきました。
「どこにいくの? いっしょに帰ろうよ 」
「いっしょには帰れないよ。ボクはもう、死んじゃってるんだ…… だけど、こんどは…… 」
ぜんぶ言いおわるまえに、子どものからだはすっかりすきとおって、消えてしまいました。
「おや、タロウ。こんなところで、どうしたんだい? 」
お父さんの声です。
「お父さん! どこ? 」
「おうちでちゃんと、るすばんしておくようにって言ったろ? ―― ああ、でも、むかえにきてくれたのか」
ありがとう。
お父さんがそういったとき、ぬいぐるみのまちが、ぐらっとゆれました。
すてきなふくをきたぬいぐるみたちがきれいにかざられた、うすぐらい空き地が ―― ゆらゆらしながら、すがたを変えていきます。
雨はすっかりやんで、みずたまりにきれいな夕日がうつっています。
カンカンカンカン、ふみきりの音が聞こえて、ごーっと電車がとおります。ふみきりがあいて、みんながおうちへ帰るために、いそいで歩いていきます。
いつもの、タロウのまちです。
目の前で、お父さんがしゃがんで、タロウのあたまにぽん、とやさしく手をのせて、もういちど 「ありがとう、タロウ」 と言いました。
「むかえにきてくれたのは、うれしいんだけどな。ひとりで外に出ると、あぶないだろう」
「うん。わるい魔法使いのおじいさんにあったよ」
タロウはお父さんと手をつないで、おばあちゃんのまつおうちへと帰ります。
―― あの子も、ちゃんと帰れたかな。
なんにちかたったあと、お母さんが赤ちゃんをつれて、かえってきました。タロウのいもうとです。
「あー。あー…… 」
タロウにいっしょうけんめい話しかけてくれる、ちいさな赤ちゃんのむくむくした足には、ちいさなお花のかたちにほくろがならんでいました。
そしてまた、なんにちかたち、タロウはお父さんといっしょに、赤ちゃんへのプレゼントを買いに行きました。
「お父さん、この子にしようよ」
タロウがきめたのは、耳がおれたウサギのぬいぐるみ。あの子の友だちに、そっくりです。
赤ちゃんも、ウサギのぬいぐるみが気に入ったようで、そばにおいているとゴキゲン。あーあーしゃべったり、手をつないでねんねしたりしています。
―― このウサギさんもそのうち、子どもにもどったりしないかな。
タロウはときどき、じっと見てみますが、ウサギさんはまだ、うごきません …… でも。
「タロウ、おやつよ」
「はーい」
お母さんによばれて、キッチンへ行ったタロウのうしろで、おれた耳がピクン、とうごいたのは……
わたしたちの、気のせいでしょうか?