表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

遺影(番外編)

作者: 水無飛沫

遺影(仮タイトル)を読んでから読むことをお勧めいたします。

https://ncode.syosetu.com/n9764hy/


※お通夜編



4つ上の姉が急死したとの知らせを受けたのが一昨日。

昨日に慌てて実家に帰って来たのだが、父親の目が死んでいた。


それもそうだ。俺だって未だに信じられない。

姉には本当にお世話になった。何かと忙しい両親に代わって、食事を作ってくれたり、勉強も見てくれたのだ。

俺がちゃんとした大学に入れて社会人になれたのも、姉のお陰と言っていいだろう。


そんな姉も嫁いでから数年が経つ。

いつも笑顔で幸せだと言っていたのに、どうしてこんなことに……。


姉の住まいへ赴いて、せめて死に顔を拝もうと思ったのだが、母親にそれとなく引き止められる。

旦那さんも今は落ち着いていないだろうし、相手方の親族の手前もある。

お邪魔するのはあまり良くないとのことだった。


そういうものか。まぁ明日はお通夜なので、姉にはその時にも手を合わせることができる。




そして翌日。

棺の中には安らかな顔をして姉が眠っている。




安 ら か な ア ヘ 顔 に W ピ ー ス を 添 え て。





え? なにこれ、姉ちゃん、どうしたの?


ドッキリ?


実は姉ちゃん生きてるの?


アヘ顔だけに逝っちゃいましたぁ!!って下品なジョークでもかましてくれてるの??



期待が頭をよぎるが、父も母も死んだような眼をして俯いている。

この二人が未だかつてそんな冗談を仕組んだことはないので、きっと本当に姉は死んでしまっているのだろう。


……だとしたら


「なんだよ、これ」


怒りが込み上げてくる。


「正史」


父親が俺の名前を呼ぶ。


「なんだよ、これ!」


さっきよりも大きな声で言う。


慌ただしかった式場が一瞬静寂に包まれる。

だがそれも一瞬。俺に一瞥をくれると、誰もがさきほどまでと同じようにバタバタと慌ただしそうにし始める。


「これ、昭夫義兄さんがやったのか?」


父親に尋ねる。


「あぁ、俺だって昭夫くんを説得しようとしたんだ」


「じゃあ何で!」


「まず落ち着きなさい。説明するから……」


曰く、訃報を聞いた両親が義兄の住まいを訪ねた時には既にこのような表情にされていたのだという。

怒った父が義兄に詰め寄ったが、彼は泣くばかりで一向に話が通じなかったとか。


「だからって……」俺は尚も父親に詰め寄ろうとしたが、


「お前は知らないからそう言えるんだ。あれは正気じゃない。

怒り心頭の俺に、『笑顔の方がいいに決まってるじゃないですか!! あなたは自分の娘を悲しい顔のままで葬儀に出すんですか?』と逆ギレされてしまってな。

あとは泣くばかりで話にならん。

会話が通じない人間との根気比べは、精神がじわじわ削れていくようで恐ろしいぞ。

いや、昭夫くんにとっては根気比べですらなかったかもしれんがな……」


死んだ表情のまま父親が頭を振る。

本当に思い出したくないようだ。



「ほら、よく見てごらんなさい。実那も笑ってるじゃない」


母親に関しては、既に現状を受け入れ始めていた。


モヤモヤした感情を抱いたまま、姉のお通夜が始まった。



義兄の泣き声が式場に響き渡っている。


お坊さんが入ってきて、親族の前で戒名をスラスラと書き連ねる。


『破顔双平和大姉』



って、アヘ顔Wピースを漢字にしただけじゃねーか!!

義兄を見ると、その文字を見て再び何かに火が付いたようで、より大声で泣き始めてしまった。


……一体いくら積んだらこんな戒名付けてくれるんだよ。


その狂気に父親同様、恐ろしさの片鱗を見る。


「えー、生前の実那さんは笑顔が絶えず、常に周囲を幸せにしていた方と聞いています。

あちら側へ旅立ちましても、同じように周囲を幸せにすることでしょう。

それゆえ、破顔にて二つの世界を平和にするという意味を込めてこちらの名前を付けさせていただきました」


それっぽい解説をお坊さんがしてくれる。


では、と佇まいを正して、お坊さんが読経の姿勢に入る。


読経が上げられる中、近しい親族からお焼香が始まった。

俺の番、遺影の中でまで清々しいアヘ顔Wピースを晒す姉に、俺は手を合わせる。


その時、お坊さんが「うーにゃーあー ぁーへーぎゃーあーどぅーぶーぴーすーだーいーしー」と読み上げたのを聞き逃さなかった。


今、アヘ顔Wピース大姉って言ったよな??

義兄をチラリと観ると、肩を震わせて泣いている。


……本当に、いくら積んだらここまでしてくれるんだ????











※火葬場編





葬儀に携わる仕事についてから、もう30年になる。

ベテランと言われてもいい職歴である。

仕事にプライドも持っているし、全ての仕事を滞りなく行える自負もある。


特に火葬は時間との闘いで、綿密なスケジューリングが必要とされる。

親族の悲しみに寄り添えば、他の親族の時間が短くなってしまうのである。


それっぽい悲しい口調で、悲しみを共にしている体を装い円滑に場を進める。

これが我々の仕事の極意である。


ある日の午後、所長に声を掛けられる。

「斎藤くん、7番の火葬を頼むよ」

「あ、はい。いいですよ」

ちょうど仕事がひと段落したところだったので、俺は軽く首を縦に振った。

「頼むよ、君にしかできないんだ」

意味深なことを言って去っていく所長に、なんだか嫌な予感がした。


こういう仕事をしていると、謎の勘が鍛えられるのか、俺の予感はよく当たる。

7番の親族にお会いした時、その予感が確信に変わった。


遺影の中でまだ若い女性がアヘ顔Wピースしていたのだ。

思わず二度見してしまった。

だがこちらもプロ。

「この度はご愁傷さまでした」と悲しい声を絞り出す。

マスクをしていなかったら、唇の端が震えているのがバレてしまったかもしれないが、コロナ禍で助かった。


旦那さんは号泣していたが、他の親族は皆一様に目が死んでいる。

それもそうだ。こんな……と遺影に目がいきそうになる己を律する。

あんまり見ていると、唇だけでなく、肺まで震えてしまいそうだ。

息を止めて、込み上がってくる笑いを無理やり抑えつける。


なるほど、確かにこれは葬儀歴30年の俺にしかできない仕事だ。

所長、俺は見事やり遂げてみせますよ!!


数十分後、焼き上がったご遺体を窯から引き出すと、それはそれは綺麗な白骨アヘ顔Wピースができあがっていた。


んんっ、咳払いをしてご遺族に

「綺麗なピースサインをしていらっしゃいますね」と悲壮な声で告げる。

皆一様に俯き、どんよりとした顔をしている中で、大声で泣く旦那さんが不気味ですらある。


「では皆さま、おふたりでどうぞ足の方からお持ちください」


仏さまを骨壺へと誘導しながら、一通りご遺族の方の番が終わるとこちらで大きな骨を入れさせていただく。

途中旦那さんが、「手はぁ……手はぁ……顔の横でええええ」と絶叫した時には思わず大きな咳ばらいをしてしまった。


胸を壺にしまい込んだところで、喉ぼとけの説明に入る。


「こちらが亡くなった実那さんの喉ぼとけになります。

まるで袈裟を着たお坊さんの姿に見えますね。

袈裟から飛び出た二つの骨が……ふっ……ふたつの骨がっ……」


なんで喉ぼとけまでアヘ顔Wピースしてるんですか????


所長、ごめんなさい。こんなところで笑ってしまった未熟な俺を許してください。



ベテランなんてまだまだ名乗れないな。

そう思った俺の、葬儀に関する悲しい記憶でした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ