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from TOKYO to HIROSHIMA レイジング・ガール part1

 テレビスタジオでセクハラ司会者に公開処刑をした翌朝、アンは早朝の新幹線の車内でし烈な席取り合戦に参戦していた。

「あ、あそこ空いてる!」

 自由席の混み合う車内、ちょうど中央付近の窓側にようやく空いている座席を見つけたアンは、同じように通路の反対側から急ぎ足で席を目指すスーツ姿の男に負けないように猛ダッシュした。

「ふう〜!」

 なんとかタッチの差で座席に滑り込むと、安心したせいか知らずのうちに大きなため息が出た。

 トンボのような赤いフレームの大きなサングラスは、戦いに敗れた男の恨みがましい視線を遮るのには最適で、アンは手に下げていた無機質な微笑みを浮かべる女性が描かれた紙袋からカップを取り出すと口をつけた。


「熱っつ!」

 あわてて口を離すが、時すでに遅しで舌先がじんじんと痺れる。

『いーっつもちょっと火傷しちゃうんだよなあ、このカップ。もう少しうまく作ればいいのに。これはメーカーの怠慢、製造ミスよね!』

 自らのそそっかしさをかえりみることもなくぶつぶつと呟きながら、それでもここのトリプルエスプレッソ ラテが一番好きなのを再確認していると、ストレッチ素材のスリムなパンツの後ろポケットにねじ込んだ携帯電話がはげしく振動し、着信を知らせる。

 小さく舌打ちをしながらポケットから引き抜いて画面を見ると『マネージャー』と『事務所(クソ)』という着信表示が代わりばんこに無限ループして続いている。

『昨日の晩からずっとじゃん。しつっこいなあ、ホントに』

 やがて観念したかのように静かになった携帯電話を肩から下げた小さなカバンの中に突っ込もうとしたその時だった。

 再度振動が始まり、うんざりしながら再度画面を見るアンの顔色が変わった。


 そこには『(ママ)』と表示されていた。


『うっわ、ヤバい……!』


 しばらく悩んだのち、アンは座席を離れデッキへと出ると、一度深呼吸をして心構えをしてから電話に出た。


「……もしもし?」

「何やってんのアン!」

 反対側の耳にまで突き抜けたかと思うほどの母親の大声に一瞬気が遠くなったアンだったが、

「あれほど魔法を使っちゃダメって言っておいたのに!どうなっても知らないわよ!」

 さらにボリュームを増した母親の怒声に、アンは自らの力を封印するキッカケとなった幼いころのある出来事を思い出していた。



 それはまだアンが小学生の頃だった。

 現在と違い、おとなしくて引っ込み思案だったアンは金髪に青い目、白い肌といった風貌から近所の子供たちのイジメのからかいとイジメの対象となっていた。


 その日も母親と一緒に公園に遊びに行き、ひとりで自転車の練習をしていると、いつもちょっかいをかけてくる男の子が目の前に立ちふさがった。

 今思えば、アンの気を引きたいためのイジワルだと理解できるのだが、その頃のアンにとってはそんな事わかるはずもなく、その少年の行動は純粋に恐怖と憎悪の対象にしかならなかった。

「ちょっと貸せよお」

 その日も男の子はにやにやと笑いながら、アンの自転車を強引に奪って勝手に乗り回し始めたのだ。

 泣きべそをかきながらお願いしても返してもらえず、公園内を必死で追いかけているうちにアンの体に変化が起こりだした。


 髪の毛がふわふわと浮かび上がると同時に目の奥が熱くなり、視界全体が夕焼けのように赤く染まっていったのだ。

 アンの中で怒りの感情が膨れ上がってゆき、頭の中でこだまする声はどんどん大きくなって遂にはアンの口から飛び出した。


「あんたなんか大嫌いっ!死んじゃえ!」


 アンがその言葉を口にした途端、子供用の自転車は突如ウィリーのような形で前輪を持ち上げると、男の子を乗せたままもの凄いスピードで走りだし、呆気に取られている周りの子供や保護者を置き去りに公園を突き抜けると、車が激しく行き交う車道へと一直線に飛び出した。


「危ない!誰か止めてー!」

「ああ、車道に出てしまう!誰か、誰か!」

 たくさんの悲鳴と空気を切り裂くような急ブレーキの音、そして断末魔のような何かがひき潰される音をアンが呆然と立ち尽くしたまま聞いていたその時ー。


「だいじょうぶ!ギリギリ間に合ったわよー!」


 聞く人を安心させるような、明るくて陽気な女性の声が響いた。


「安心して!傷ひとつないから!」


 鼻水を垂らしながら泣き叫ぶ男の子を小脇に抱え、笑いながら公園に入ってきたのは、周りの母親たちより頭ひとつ大きいアンの母親だった。


「アンちゃんのママ!」

真理絵(マリエ)さん、本当にありがとうございます!」

 男の子を抱きしめた母親が、泣きながら何度も頭を下げ続けるのをアンの母親が笑いながら止めた。

「ほら、もういいって!うちの子の自転車は見るも無残な姿になっちゃったけど、ケンちゃんが無事だったから、まあいいわ!」

「ああ、ごめんなさい!すぐに弁償します!」

「あら、ほんとう?そうしてくれると女手ひとつで子育てする身としては助かるわ!」

「でも、いったいどうして急に―」

「あ、ああー!多分、ケンちゃんも楽しくて力いっぱい漕ぎすぎちゃったんでしょ!気にしない、気にしない!じゃあ、食事の支度をしなくちゃいけないから、あたしたちはここで……」


 アンの母親は笑いながら他の母親たちに別れを告げると、怒りの感情がおさまり、すっかり元に戻ったアンの方にゆっくりと近づいてきた。


「帰るわよ、杏奈」

 その顔はいつも笑顔の絶えない優しいママの顔ではなく、今まで見たことが無いほど固い表情を浮かべていた。



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