OKAYAMA ヒッチハイカー
「本当にこんなところでいいのか?何だったらもう少し先の市内の方まで乗せてやってもいいんだぜ、外国人のあんちゃん」
広島との県境に近い、岡山の小さなドライブインの駐車場でトラックを停車させた中年の男は、自分の車から降り立った若者に声をかけた。
「イエイエ、トンデモナイデス!アリガトゴザイマス、ドライバーサン」
色褪せたベースボールキャップを目深にかぶり、洗いざらしでクタクタのTシャツと破れて穴の開いたジーンズに身を固めた外国人らしき若者は人懐っこい笑顔を浮かべた。
「しっかしあんちゃんも変わってるなあ。今時ヒッチハイクで日本一周の貧乏旅行なんて。東京からここまで来るのに、俺で何台目だっけ?結構な時間もかかっただろうに」
「タクサン、タクサンカカリマシタ!デモ、ミンナヤサシイヒトデ、タスカリマシタ!」
「まあ、旅は道連れ、世は情けだからな!ほら、これやるよ」
男は運転席の窓からコンビニ袋を投げ渡した。
「オウ!アリガトゴザイマス!」
「いいってことさ、じゃあ気をつけていい旅をしなよ!」
「ア、チョットマッテクダサイ!」
青年は立ち去ろうとする運転手の瞳をじっと見つめると、小さく何かを唱えた。
「これは風が吹けば消え去る、うたかたの夢ー忘却魔法」
運転手は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、何事もなかったかのようにそのまま静かに駐車場から出て行った。
走り去るトラックに微笑みながら手を振り、若者はつぶやいた。
「長く一緒に居ると危険性も増すから、このくらいが安全なんだ。すまないね」
その頃トラックの車内では、ドライバーが自分がなぜか遠回りしている理由と昼飯用に買ったはずのコンビニ袋が消えていることに首をかしげていた。
若者は用心深く辺りを見渡すと、人目に付きにくい木陰のベンチに座って袋をのぞき込んだ。中には揚げた薄いハムを挟んだサンドイッチらしきものと、ペットボトル入りのミルクティーが入っており、若者はサンドイッチの封を開けてかぶりついた。
「……うん、まあサンドイッチだと思わなければ、悪くはない」
続いてミルクティーを口にしたが、こちらは一口飲んだだけで顔をしかめるとそっとフタを閉めた。
「しかし、蒸し暑いな。チャイナレストランの蒸し器の中に住んでいるみたいだ」
ある程度は覚悟していたものの、夏の日本の暑さは想像以上で、おまけに周囲の樹々からは薄いガラスなら簡単に割れるのではないかと思うほどのセミの大合唱が聞こえてくる。
若者は子供のころに住んでいたニューヨークのセントラルパークで、何十年かぶりに大量発生した時のセミの声を思い出していたが、あれとてここまで暴力的ではなかった。
それでも、見ず知らずの外国人を簡単に車に乗せてくれる人々やゴミや違法駐車、昼間からたむろする薬物中毒者などが存在しない街並みは別世界のようだ。
「しかし、平和でいい国だな、ここは。おじいちゃんの言っていた通りだ……」
しばらくすると、駐車場に赤い小型車が停車し、中から中年女性の二人組が降りてきて自動販売機の方に向かっていくのが見えた。
「ちょうどいい。ゴールは彼女たちにしようか」
おもむろに帽子を脱いで頭をふると、肩まで届くほどの長い金髪が現れ陽の光にきらきらと輝いた。
若者は木陰でリュックの中から取り出した衣服に素早く着替えると、飲み物を買って車に乗り込もうとしている二人組に近づいて流暢で美しい日本語で話しかけた。
「あの、すいません……」
振り返った女性たちは、突然目の前に現れた金髪・長身、純白のシャツに脚の長さを強調するような細身の黒いパンツを履き、甘いマスクの美しい外国人の若者に一目で魅了されてしまった。
「……もしよろしければ、広島市内まで同乗させてもらえるとありがたいんですがー」
もし表情で人が殺せるなら、その微笑みから逃れられる女性はいないだろうというくらい魅力的な笑顔に、二人は食い気味の勢いで答えた。
「も、もももももちろんです!」
若者は後部座席に乗り込むと、助手席に座りこちらに熱い視線を送る女性にペットボトルを差し出した。
「ありがとう、素敵なレディ。よろしければ」
キャーという喜びか悲鳴かわからない声を上げ、飲みかけのペットボトルをまるで優勝トロフィーのように受け取る相方をうらやましそうに見つめる運転席の女性の耳元に顔を寄せると甘く、小さな声でささやいた。
「レディ……尾道まで送っていただけると……助かるんですが……」
「は、はい!ヨロコンデー!」
顔を真っ赤にした女性の大きな返事で
勢いよく車は走り出し、改めて実にいい国だなと
ジョシュア・ウォルズリーは微笑んだ。