NEW YORK 闇にうごめくものたち
アメリカ最大の都市圏人口を持つニューヨーク市。中でも代表的存在なのが、ハドソン川河口部の中州であるマンハッタン島を中心としたマンハッタン区である。
アメリカ経済の中心地であり、19世紀後半から世界に先駆け高層ビルの建設が始まり、多数の超高層ビルが密集するその様は『先端が天をこするかもと思わせるほどの建築物ー摩天楼』と呼ばれ、ニューヨークの象徴的な景観を形成している。
そんなマンハッタンの中でも、ひときわ目を引く個性的なデザインの超高層ビルがあった。
光を反射しない漆黒の鋭角的な二枚の刃物が重なり合ったような景観から、口の悪い連中は暮石だ、いや天を切り裂き神に対する叛逆のシンボルだと噂するが、世界的な規模の大企業の本社ビルであるという以外は多くの謎に包まれた存在であった。
このビルの最上階に、極めて一部の関係者しか立ち入ることを許されない秘密の会議室があった。
最上階へは専用キーを差し込まなければ動かないエレベーターでないと辿り着けず、その上幾つものフロアーを通過する必要があるのだが、フロアーごとに異なるタイプの生体認証システムが待ち構えているため外部からの侵入は不可能に近い状態となっている。
会議室内部には一切窓がなく、照明は最小限の間接照明だけに留められているため広々とした室内は日中でも薄暗く、中心部分に据え置かれた楕円形の巨大なテーブルと、その周りに配置された十二台の縦型の黒い石板のようなモニュメントだけという殺風景な有様だった。
そのうちの一台の上部に小さな赤いランプが燈り、性別も年齢も判断のつかない様に加工された声が響いた。
「まだ見つからないのか」
それをきっかけに次々とモニュメントの灯りがつき、同じように無機質な声が響きあう。
「トウキョウーナリタ空港に入国した時点まではわかっているが、それを最後に行方が掴めていない」
「空港からのすべての公共交通機関と空港内の複数のレンタカー会社のホストコンピューターに侵入し解析したと報告を受けているが、利用記録も彼らしき姿も認識できていない」
「空港内にとどまっている可能性はないのか」
「それはありえない。空港内の監視カメラの映像もすべてこちらでチェック済みだ」
「それでは一体どこに消えたというのか」
「既に48時間以上経過している。どうして発見できないのだ」
「このまま彼を野放しにしておくわけにはいかない」
「万が一、このまま彼が先代アーサー公の意思を実行する事になってみろ、我らの被る損失は計り知れないものとなるぞ」
「監視体制は万全だったのではないのか。どう責任を取るつもりだ、イスカリオテ!」
変換され、加工した上でも伝わってくるほどの激しい怒りに満ちた叱責の言葉が飛ぶと同時に、床下から十三番目のひときわ大きなモニュメントが出現した。
ブゥンという小さな音とともに、他のモニターとは違う青いランプが燈り、低い声が流れ出した。
「心配は無用。流れ出でた聖なる者と預言者たちの血の重さに誓い、新当主ジョシュア・ウォルズリーの身柄はこちらで確保する。いかなる手段を用いても」
イスカリオテと呼ばれた十三番目のモニュメントはそれだけを告げると、静かにその姿を消した。
しばらくの沈黙の後、やがて一つ、また一つとモニュメントのランプが消えていき、室内には再び静寂が戻った。