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大魔法使いの末裔である英国貴族の若き当主とケンカっ早いハーフモデルのアタシが体験したのはロンドン、ニューヨーク、東京、尾道を舞台にした奇妙な真夏の夜の夢物語!  作者: ヨシオカセイジュ


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魔王ナイジェル登場

「ひどい出血ね。おまけに大量の魔力を吸い込むなんて馬鹿な真似をしたから、内臓も血管もボロボロ。生きてるのが奇跡だわ」

 地面に横たわるジョシュアに触れてつぶやくノーラに、アンが泣きながらしがみついて叫び続けている。

「ノーラ、お願い!ジョシュを助けて!」

 アンの泣き叫ぶ声にうっすらと目を開けたジョシュアが、震える手でノーラにすがりついてくる。

「……ノーラ?ノーラなのかい?……やっと会えた……」

「ねえお願いよ!助けてくれたらなんでもするから!」

「……ノーラ、君に会うために……僕は……」

「チュールでもなんでもあげるから、お願いノーラ!」

「ノーラ……君に大切な……」

「ああ、もう!ノーラ!早く助けてってば!」


「うっっるさいわよ!!アンタたち!!!!!」

 二人のしつこさにイライラしたノーラが、ヒステリックに怒鳴りつけた。

「アン!!」

「は、はいい!」

 その勢いに、アンは思わずジャンプして正座をしてしまった。

「壊れた蛇口じゃないんだから!ドバドバ馬鹿みたいに泣くんじゃないの!それとジョシュア!」

「……は、はいい」

「死にかけのケガ人は大人しく寝てろっつーの!治癒できないでしょうが!」

 怒りのあまりジョシュアの頭をぴしゃりと叩いたノーラだが、その衝撃で勢いよく血がピューっと脳天から吹き出し、ジョシュアは白目をむいて再び失神した。

「あああ、ジョシュ!ひどいいい!」

「う、うるさい!これぐらいどうって事ないから!」

 ちょっとやりすぎたなと心の中で反省したノーラは、地面に横たわるジョシュアに両手で触れると治癒魔法の詠唱をはじめた。


「そ、それで治っちゃうの……?」

「……静かに!」

 キツい目でにらまれ、縮こまるアンの目の前でノーラの触れている箇所が白く光だし、やがてジョシュアの全身が柔らかな光に包まれていく。

「……すごい!」

「まだ……まだよ……」

 しばらくたちゆっくりと光が引いていくと、ジョシュアの傷はほとんどふさがり、出血は止まっていた。


「もう大丈夫。なんとか間に合ったわね」

「う、うう……これは……」

「ジョシュ!よかったああ!」

 アンがボロボロと涙をこぼしながら抱きついた。

「ノーラ……あなたが助けてくれたんだね?」

 ノーラは面倒臭そうに、フンッと鼻を鳴らした。

「あったりまえでしょ?あたし以外にどこの誰が、こんな棺桶に片足突っ込んだようなくたばりぞこないのポンコツを蘇らせることができるって言うのよ?そんなのロールスロイス社の高給取りの熟練メカニックでも無理な芸当よ」

『ノーラってキレイだけど、想像していたよりずっとガラが悪いのね。なんか残念……』

 アンがノーラの荒っぽい口調に内心呆れていると、ノーラがキッと睨みつけて強烈なビンタを入れた。

 バチーン!

「アン!キレイはいいけど、誰がガラが悪いって?!余計なお世話よ!」

「な、なんでわかるの〜⁈」

「はははは!」

 真っ赤に晴れ上がった頬を抑えて涙目のアンの姿に、ジョシュアがこらえきれずに声を上げて笑った。

「まさか、ここまでおじいちゃんの本の通りとは思わなかったよ。会えてうれしいよ、ノーラ」


 手を差し出したジョシュアを無視して、ノーラはアンの攻撃で瀕死の状態でピクリともしない怪物をにらみつけると冷たく声をかけた。


「あんたも!

 いつまでも死んだふりしてんじゃないわよ!

 いい加減、姿を現しなさい、

 ナイジェル」


「!」

「⁈」

 アンとジョシュアが驚いて顔を見合わせていると、怪物の肉体からゆらりと揺らめく黒い陽炎のようなものが立ち昇った。

 それは見る間に人間ほどのサイズに大きくなると、ゆっくりと人間の形へと変化していく。

 その姿を見た二人は思わず息を飲んだ。

 肩までかかる美しい黒髪に、女性と見間違うばかりに端正で整った顔で微笑みを浮かべたその姿は、見る者を魅了する妖しいカリスマ性に満ちあふれていた。


「初めまして、アン。そしてジョシュア。ナイジェル・ジェイコブ・ウォルズリーです」


 ナイジェルはアンとジョシュアへ向かって微笑み挨拶をすると、改めて愛おしげにノーラをじっと見つめ話しかけた。

「久しぶりだねえ、“はじまりの魔女”ノルディア。いや、”ウォルズリー家の守護者”ノーラと呼んだ方がいいのかな?」

「あんたこそ、今はレギオン*1・イスカリオテ*2・ゴールドバーグだったっけ?よりによって”裏切り者の悪霊”だなんて、よく名乗れるわね」

「ちょっとしたユーモアさ。会いたかったよ、香しきバラよ」

「……あたしはもう、一生会いたくなかったけどね」

「冷たいなあ、ノルディア。知らぬ仲じゃあるまいし。あの日の君の柔らかな肌、その温もり。何百年経とうと忘れたことはなかったよ」

 アンが小さな声できゃっとつぶやき、耳まで真っ赤になっている。

「やめてよ、汚らわしい!……その調子じゃあんたはまだ、愚かな夢の続きを見ている様ね」

「酷い誤解だ。私もウォルズリーの人間。昔と変わらず、世界の恒久の平和を願っているだけだよ」

「ハッ!笑わせるわ、なーにが平和よ!いくら隠そうとしてもムダよ、ナイジェル。いくらキレイに取り繕ってもね、あんたには血と腐肉の匂いが染み付いているのよ!」

「……理解してもらえないか、あの日と同じ様に」

「当たり前でしょう?あの時、十五世紀にあんたが起こしたあの反乱で、一体どれだけの血が流れたと思っているの?」

「大きな変化には痛みが伴うものさ。君には受け入れがたいかもしれないけど」


 アンとジョシュアがナイジェルに気付かれないよう、静かに攻撃態勢に入ろうとするのをノーラが振り返りもせずに止めた。

「無駄よ、二人共。こいつは単なる影。あの化け物の中に自分の影を忍ばせて操っていたのよ。本体はニューヨークのビルの中、こいつにふさわしい冷たい牢獄みたいな場所よ」

「さすがは我が愛しき人。よく理解している。今日のところは引き上げるとするよ」

 そう言うと最後に二人に向かって微笑むと、美しく、そして冷ややかな声で告げた。


「いずれ日を改めて。再会を楽しみにしているよ」

 

 ナイジェルは再び黒い陽炎の様に揺らめくとその姿を消し、操られていた怪物の肉体は、生気を失いボロボロと崩れ消滅した。



*1 レギオン…新約聖書『マルコによる福音書』『ルカによる福音書』『マタイによる福音書』に登場する悪霊の名前。

*2 イスカリオテ…イエスの十二使徒の一人、ユダの出身地。後にユダが銀貨三十枚でイエスを売り渡したことから、”裏切り者”の代名詞となっている。

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