ナイジェル・ウォルズリー part2
「壁画に突如出現した獣の軍団。アーサーは黒い森の魔女との戦いで消滅させたはずの終末の未来が復活する危険性を感じ、一族に訴えかけたが連中はその要請を無視した」
「ちょっと待ってよ、おかしいじゃないか!おじいちゃんは当主だろ?何でそんな事に……!」
「長年に渡って厳格なアーサーに不満を持っていた十二家は、巧妙な手段で近づいてきた奴らに取り込まれてしまっていたのだ。
世界の安寧のために尽くすという、ウォルズリー家の使命と高潔な魂を失ってしまった連中にとって、余命いくばくもない年老いた当主より自分たちをさらに豊かにし稼がせてくれるマネーゲームの方が大切という訳だ。
その相手の正体にも気づかず、愚かな話だ……」
ハワードの声に怒りと絶望の色合いが濃くなっていく。
「このミュージアムで壁画を読み取って調査を続けたアーサーは、獣の軍団の正体が15世紀にウォルズリーの歴史から抹消されたナイジェルだという事を突き止めた。
瀕死の状態で荒野を彷徨った奴は、いかなる手段を用いたのかは不明だが一命をとりとめた。そして六百年という長い年月、闇に身を潜め機会をうかがっていたのだ。
そして今、我々ーウォルズリー家の前に現れた。憎悪と復讐の権化としてな」
「そんな怪物相手に、おじいちゃんはどうやって戦うつもりだったんだ?」
「長年の無理がたたり魔力の衰えたアーサーにとって、ナイジェルの軍団は強敵すぎた。そして実体のないゴーストになった我々はこの塔から動くことはできぬ。
アーサーが考えたのがこのウォルズリー家の守護者である『はじまりの魔女』ノーラを復活させることだった」
「ノーラを復活?でも彼女は黒い森の魔女との戦いで亡くなっているんじゃ……」
「アーサーと共に戦い亡くなったと思われていたノーラは、その後アーサーの母アンの元へと転生し、その最期を看取ったと言われている。だが、それ以降の消息が分からないのだ」
「わからない?」
「ああ。現世を離れたなら我々と同じ『こちら側』に現れるはずだが、その姿はない。アーサーはノーラはアンの魂を守り、まだ尾道にとどまっているのではと考えたのだが、手がかりは得られなかった。
そこで、まだ未知数のウォルズリーの血を引く者に最後の希望を見出そうとした」
「ウォルズリーの血を引く者?それってー」
「アーサーの妹、日本に残る吉岡・ジョディ=華子の血を引く孫娘、アンだ。だが、可能性を探るより先にアーサーの命の炎が尽きてしまった。
……もう、我々に近未来に起こるであろうナイジェルとの戦いに対抗できる術はない。
ジョシュアよ、アーサーが告げた通りおまえもこの城を離れ、自由に自分の人生を生きるが良い。
世界が終わるその日までー」
そう告げると、ハワードは他の白い影の群れへと戻り、静かに立ち去ろうとしたが、ジョシュアが必死に追いかけて問いかけた。
「ちょっと待って!おじいちゃんは、おじいちゃんはどうなったんだ?あなたたちと一緒じゃないのか?」
ハワードは立ち止まると、静かに応えた。
「アーサーの魂の行方はわからない。最後まで世界を救おうと執着するあまり、現世とこちら側-幽世-のはざまを彷徨っているのかもしれない」
「そんな……そんな事って!」
「あれほど言っておいたのに。昔から変わらず、人のことばかりを考えおって。愚かなやつだ」
「……ふざけるな!!」
ハワードの突き放したような呟きに、ジョシュアの怒りが爆発した。
「そんな馬鹿な話があるかよ!なんでおじいちゃんが犠牲にならなきゃいけないんだ!」
キッとハワードを睨みつけると、ジョシュアは叫んだ。
「僕がやる!おじいちゃんの意思を継いで当主となり、そいつらと戦う!」
「無理だ。おまえにはその力がー」
そう言いかけて、ハワードはあることに気づいた。怒りの形相で叫ぶジョシュアの瞳がほんの僅かだが、ウォルズリーの人間に現れる力の象徴ー炎のように赤く染まっていることに。




