LONDON ジョシュアとアーサー part2
ヒースの咲く小高い丘にそびえ立つウォルズリー城。その本館と宙空の渡り廊下で繋がった荘厳なゴシック様式の塔の最上階が歴代当主が利用し、現当主であるジョシュアの祖父アーサーの居室だった。
「おじいちゃん、ぼくだよ!ジョシュだよ!」
城中の使用人たちの追求を逃れた悪戯小僧・ジョシュアの呼ぶ声が、重厚な扉を通しても聞こえてくる。
「ご当主様、そろそろお茶の時間にしてはいかがでしょう。」
重厚なウォルナットのデスクに座り仕事を続けるウォルズリー家の当主アーサーに、影のように寄り添う執事のレスターが問いかける。
「そうだな、レスター。あの子にはホットチョコレートと……」
「いつものクッキーでございますね。用意してございます」
「おまえは父親に似て、本当に細かいところまで気がつくな。ありがとう」
レスターが執務室のドアを開けた瞬間、勢いよくジョシュアが飛び込んできた。
「おお、これは驚いた!ジョシュア様、勘弁してくださいな」
レスターは大げさに驚いたそぶりを見せ、一旦部屋から出て行った。
「おじいちゃん、この間のパズル解けたよ!」
「あの組木細工の箱がもう解けたのかい?無理やり分解していないだろうね?」
アーサーはそういうとデスクから立ち上がり、ジョシュアに微笑みかけた。
「していないって!前のやつはどうしても仕組みが知りたくで分解しちゃったけどね」
そう言って照れくさそうに笑うとジョシュアはポケットから古い数枚のコインを取り出して見せた。
「ほら、見てこれ!あの箱に入ってたんだ。これって外国のお金だよね?」
「そうだよ、おじいちゃんが生まれた国、ニッポンの古いコインさ。見事開けることができたから、これはジョシュへのプレゼントだ」
「やったー!パズルはもうないの?」
「そういうと思って、ほら」
アーサーはデスクの引き出しを開けると、様々な種類の木材が美しく組み合わされた組木細工の箱を取り出した。
「今度のはもう少し複雑になっているぞ。挑戦してみるかい?」
「もちろんさ!でもおじいちゃんはなんでこんな物が作れるの?」
アーサーはジョシュアに優しく微笑みかけると話し出した。
「それはね、おじいちゃんのお父さんがニッポンの建築家だったからだよ。おじいちゃんがまだ小さい頃、いつも現場で余った木材で組木細工を作ってくれたんだ。
それが本当にキレイで精巧で、そのうち自分でも真似して作るようになったんだよ」
「へーすごいなあ!」
「そうだろう?そりゃあ見事な腕前で様々な建築物を建てて、おじいちゃんの自慢のお父さんだったんだ」
「でも、どうしておじいちゃんは建築家にならなかったの?」
アーサーは一瞬、言葉を飲み込んだ。
「ジョシュア様、お元気なのはまことによろしいのですが、家庭教師の課題はお済みですか?」
レスターがアーサー用の紅茶のセットと、ジョシュア用のホットチョコレートとクッキーを持って入ってきた。
「ああ、忘れてた!大変、もうすぐ来ちゃうよ!」
「お部屋に戻られて準備されるのがよろしいかと。お飲み物とクッキーは後ほどお届けします」
「頼んだよレスター!じゃあおじいちゃん、またね!」
「ああ、ジョシュア。またな」
慌ただしく部屋を出て行くジョシュアの背中を見つめながら、アーサーはつぶやいた。
「気を遣わせてすまんな、レスター」
「とんでもございません、ご当主様。器は後ほど下げに参ります」
アーサーのデスクに紅茶をセットすると、レスターは静かに部屋から出て行った。
「どうして……か」
アーサーは引き出しの一番奥から、古い組木細工を取り出した。
それはアーサーの波乱万丈の人生を象徴する品であり、初めてこの城にやって来た時から肌身離さず持っている亡き父と母の思い出の品でもあった。
「あの子には、わしのような人生を歩ませたくはない……」
アーサーはつぶやくと再び引き出しにしまいこみ、鍵をかけた。
月日は流れ、ジョシュアは十八歳となり貴族の子弟が通うパブリックスクールであるハロウ校の三年生になっていた。
同校はウェストミンスター・スクールやイートン・カレッジなど、歴史と伝統を誇るThe Nineと称される9校のうちの一つで、歴代ウォルズリーの子弟の多くが籍を置いた名門校だった。
全寮制のこの学校で、ジョシュアはたくさんの友人を作り、厳しくも有意義な青春を送っていた。
そんなある日、祖父アーサーが倒れたことを聞き、ジョシュアは急遽帰郷することになる。




