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大魔法使いの末裔である英国貴族の若き当主とケンカっ早いハーフモデルのアタシが体験したのはロンドン、ニューヨーク、東京、尾道を舞台にした奇妙な真夏の夜の夢物語!  作者: ヨシオカセイジュ


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白猫亭へーアン part1

随分と間が空いてしまいました。今日からまた再開しますので、よろしくお願いします。自身のルーツである尾道でアンを待っていたものは?

 さっきまで夏らしい汗ばむ快晴だったのが、いつの間にか尾道の町全体を覆うように黒い雲が山の向こうから張り出してきて、急に気温が下がってきているのをアンは感じていた。


「すっかり遅くなっちゃった。もう夕方じゃん、急がなきゃ」


 千光寺山の頂きへとつながる細い石段を急ぎ足で登りながら、アンは立ち寄ったラーメン屋で出会った老人とその家族のことを思い出していた。



「どうしたん?大丈夫やさけえ、落ち着きいや」

 老人から不意にかけられた言葉に泣き出したアンを落ち着かせるようにおばさんは肩を抱くと優しく話しかけ続ける。

 「……客も来んし、今日はもう店じまいじゃ」

 店の主人は『準備中』と言う札を玄関にかけると、奥に入っていって何やら探し物をはじめている。

 当の老人本人はカウンターに座ったまま、うつらうつらしながら小さな声でまだ何かをぶつぶつとつぶやいている。


「……アンおばちゃん。さびしくても、泣いたらいけんよ……」

 あのおじいさんの言葉を聞いた瞬間、胸が張り裂けんばかりの後悔と絶望の感情が堰を切ったように身体中にあふれ出した。

『この気持ちーこれは、いったい何?なんで、なんで、こんなに辛くて悲しいの?』


 さまざまな思いがとりとめもなく浮かんでは消え、アンはただ泣き続けることしかできなかった。


「あったあった、ほら」

 店の主人が奥から持ってきたのは、一冊の古いアルバムだった。

「おねえちゃん、あんたこの人を知っとるか?」

 開かれ差し出されたページには、西洋風とも和風とも言えない独特の建築様式の建物を背景に撮影されたモノクロの写真が貼られていた。


 そこに映っていたのはバラが咲き乱れる中庭で、美しい白猫を抱いて静かに微笑む外国人の若い母親らしい女性と小学生くらいの女の子、そして少し緊張している丸坊主の日本人の男の子だった。


「これって……!」


 その建物には、その外観にはあまり似合っているとは言えない立派なヒノキの一枚板で作られた看板がかかっており、そこには筆書きで大きく『尾道 白猫亭』と書かれていた。

「そこに映っているのが、その白猫亭の女将さんの吉岡アンさんと、娘さんの華子ちゃん。そしてその丸坊主の子供がウチの親父や」


「これが、曽祖母(ひいおばあ)ちゃん……」

 写真もほとんど残っておらず、自分が生まれる前に亡くなった曽祖母のことを、アンはよく知らなかった。


「そうか。あんた、アンさんのひ孫か。ボケてしもうたうちの親父が間違えるのも無理はない。よう似とるわ」

 確かに言われてみると、写真の中の曽祖母は少しカールした金髪にちょっとタレ目がちの大きな瞳が印象的で、面影はあるものの、母親にも祖母にもさほど似ておらず、自分が一番特徴を受け継いでいることがわかる。


「親父の話では、吉岡さんところは戦前は建築事務所をしていて、腕のええ大工もたくさん使(つこ)うて、そらあたいそうな羽振りやったらしいわ。じゃけんど旦那さんが胸の病気で入院してしもうてー」


 その後の話は、子供の頃に華子おばあちゃんに聞いた覚えがある。


 おばあちゃんのお兄さん、あたしにとっては大叔父にあたる太郎さんをイギリスの実家の跡取りとして手放さなければならなくなったこと。

 曽祖父(ひいおじい)ちゃんは原爆で亡くなってしまい、大工さんたちも戦死した人たちが多くて建築事務所はたたんで旅館業を始めたこと。

 華子おばあちゃんが結婚して尾道を離れてからは、ほとんど出かけることもなく、誰とも会わず生活をしていたらしいことと。

 そして、ひとりぼっちで亡くなったこと……。


「吉岡の旦那さんが元気な頃は、うちの爺さんが始めたこの店に家族揃ってよく食べにきてくれたらしいんじゃけど、旅館を始めてからはそうそう食べにはこれんようになったさけえ、小学生だったうちの親父が山の上の白猫亭まで出前してたらしいんじゃ」


 少しは気持ちが落ち着いたアンは、じっと写真を見つめた。

「それでおじいさんはうちの曽祖母(ひいおばあ)ちゃんのことを知っていたのね……」

「ああ、手作りのクッキーをもらったり故郷のイギリスの話を聞かせてもらったり、うちの親父のことをずいぶんと可愛がってくれたらしいわ」


 きっと、会えなくなってしまった自分の息子の面影を重ね合わせていたのかもーアンは思った。


「旅館を閉めて、誰とも会わんようになってからも、親父は時々アンさんの様子を伺いに行ってたらしい。

……亡くなっているのを発見したのも、うちの親父じゃけえなあ」


 アンは、胸のいちばん奥がきゅうっと締め付けられるのを感じた。


「じゃけんど、あんた何しにきたんや?アンさんが亡くなってからは白猫亭は住む人もおらんからお化け屋敷みたいになって、地元の人間も寄り付かんようになっとるで」


「それが、新しくまたオープンすることになったらしくって。ほらー」

 アンは自分宛に届いた招待状を店の主人と、おじいさんを寝かしつけに行って戻ってきたおばさんに見せた。


「ふうん、そう言えば一年くらい前から白猫亭に続く道が封鎖されて、立ち入り禁止になってるって聞いたような気がするなあ」

「でも、新しく立て直すなんて話は地元でも聞いてないけえ、てっきり取り壊してるんかと思うとったわ」

 二人はしげしげと招待状を見ながら話し合った。


「あたし、行ってみます。ここから遠いんですか?」

「いやあ、今はロープウェイがあるから早いんよ。あれに乗って山頂まで行ってそこから降れば10分ほどやねえ」

「親父は歩いて登って行ってたらしいけどな。まあ、30分ほどかかるから女の子にはしんどいかな」

「……いいえ、あたしも歩いて登ってみます」


 店主夫婦は白猫亭までの地図を書いて渡すと、礼を言って頭を下げるアンに念を押すように声をかけた。

「ちょっと天気が崩れそうになってきとるから、気をつけてなあ」

「はい、ありがとうございます。おじいちゃんにもよろしく言っておいてください!」

「ああ、あんたもな。気をつけていきんさいよ」


 歩き出したアンの後ろ姿を見ながら、店主がつぶやいた。

「……何もなければええんじゃけどなあ」

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