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大魔法使いの末裔である英国貴族の若き当主とケンカっ早いハーフモデルのアタシが体験したのはロンドン、ニューヨーク、東京、尾道を舞台にした奇妙な真夏の夜の夢物語!  作者: ヨシオカセイジュ


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ONOMICHI アン到着 part2

「それにしても、お腹すいたわねえ」


 海岸線に沿って東西に延びる尾道本通商店街を歩きながら、あたしはランチをどうするかで悩んでいた。

 スマホで見た観光サイトによると、この商店街は昭和ムード漂う古いお店と観光客向けの新しいお店が混在した人気スポットらしく、そう言われてみると使われていない銭湯をリノベしたカフェや東京にあってもおかしくないようなレストランなんかがたくさんあるが、あたしの悩んでいることはそんなんじゃないんだな。


「結局、どの店の尾道ラーメンが一番なのよ!!」


 こう言ったらみんな驚くけど、あたしはフレンチやイタリアンなんかよりーーもちろん嫌いじゃないけどーーラーメンが大好きなんだ。普段は事務所NGで我慢して来たけど、もう関係ないんだからせっかく曽祖母(ひいおばあ)ちゃんの屋敷を訪ねてこんなところまで来たからには名物の尾道ラーメン、それも一番美味しいやつを食べたいってわけ。

 尾道ラーメンってのは鶏と瀬戸内海でとれる小魚からとった澄んだスープに平打ち麺、背脂のミンチが乗ったあたしの大好きな昔風の醤油ラーメンに近い絶品のラーメンーらしい。らしい、ってのはまだ食べたことないからね。

 でも、さすが本場だけあって街中にラーメン屋さんはあふれかえっているし、webのグルメサイトはあたしのだいっ嫌いな広告代理店が絡んでいるのを知っているから基本的に信用できないし。


 悩んだ挙句、自分の直感を信じて選んだのは商店街の中心から少し外れた場所にある、あんまりお客さんのいない古びた小さなラーメン屋さんだった。


 カウンターとわずかなテーブルだけの小さな作りの店内には、夫婦らしいカウンターに立つ無愛想な中年のおじさんと水を持ってきてくれたニコニコ笑顔のおばさんだけで、お客はあたしひとりだった。


「あの、すいません、尾道ラーメンください」

 カウンターのおじさんに声をかけたが、返事はない。

「あの……尾道ラーメン……」

「……中華そばね」

 おじさんが愛想のかけらもない態度で答えた。

「はい?」

「うちは中華そばしか作ってない。尾道ラーメンなんか知らん」

 おじさんはぶっきらぼうにそれだけを告げると、それっきり黙ってラーメンを作り始めた。あたしが困惑していると、おばさんが苦笑いしながら話しかけてきた。


「ごめんねえ、あのひと頑固やさけえ。あんたはもう何を言いよるん、お客さんびっくりしとるやろう!」

「……あの、尾道ラーメンじゃないんですか?」

「ああ、うちは八十年以上前、あの人のおじいさんの代からラーメン屋をしとるんじゃけど、昔は中華そばって言いよったんよ。それがいつのまにか真似するお店がたくさんできて、いつのまにか尾道ラーメンって呼ばれるようになったんやね。あの人、それが大キライやさけえ、ずうっと中華そばって言いよるんよ」

「え、じゃあこのお店がこの街の最初のラーメン屋さんなんですか?」

「まあ、そう云うことになるんかねえ」


 ほら、ね!あたしは自分の直感の正しさにちょっぴり鼻が伸びた。

「ところでおねえちゃん、どっかで見たような気がするんやけど、どこじゃったかのう?」

「あ、あははは、よく言われるんですうう」 

 あたしが適当にごまかしている間に、おじさんが出来上がったラーメンを目の前に置いた。


「はい、お待ち、中華そば」

 

 コロコロした背脂が浮いたちょっと濃いめの醤油色のスープから、なんとも言えない香りが立ち上り、あたしはレンゲで熱々のスープを口に運んだ。

 そう、ラーメンはスープから味わなきゃね。麺から行くのは邪道だとあたしは思ってるんだ。


「おいしいいい!!!」

 もう、呼び方なんてどうでもよくなるくらい美味しくて、思わず叫んだあたしの声にカウンターの中のおじさんが自慢げに小さく笑っているのが見える。

 出汁のうま味と醤油の風味がバランスよく合わさったスープは初めて食べたのに何だか懐かしくて、しかも見た目よりもずっと優しい味がした。


 平打ちのストレート麺も手打ちのようで、コシがあって本当に美味しくてあたしが夢中ですすっていると、ガタッっと云う音が聞こえた。

 チラッと顔を上げると、店の奥からかなりの年齢のおじいさんが現れて、出前用の岡持ちを持っておぼつかない足取りで出かけようとしている。


「お義父さん、何をしよるんですか!」

 おばさんが慌てて駆け寄って、おじいさんを支えている。

「あんた、誰ねえ?……ぼく、出前に行かんと……」

「おとうちゃん、どこへ行くんや!もう出前なんかしとらんじゃろうが!」

 おじさんの大声に、あたしはちょっとビクッとしたけど、他人のお家のことをあんまりジロジロ見るのも失礼な気がして背中を向けて気づかないふりをして食べ続けた。

「……あ……お父ちゃん?ぼく、行かんと……あそこで、あの人、ずっと待っとるさけ……」

「おとうちゃん!」


 おじさんの声が、ひときわ大きくなった。


「ずっと言いよるじゃろう!

 もう、誰もおらん!

 もう、白猫亭なんか無いんやて!」


 怒りよりも切なさに満ちたおじさんの怒鳴り声と、突然耳に飛び込んできた『白猫亭』という言葉にあたしは思わず振り返り、おじいさんと目があった。


「アンおばちゃん……?」

 おじいさんは、驚いたように目を見開いて、あたしに向かってうれしそうに微笑んだ。

「ぼく、今からアンおばちゃんのところへ出前しようと思っとったんよ。ぼく、いい子やろ?またクッキーちょうだいな。また、いつものようにイギリスのお話聞かせてな……」


 あたしは思わず席を立ち、おじいさんに近づいた。

「……おじいさん、うちの曽祖母(ひいおばあ)ちゃんを知ってるの?」

「……アンおばちゃん……だから……さびしくても、泣いたらいけんよ……」


 おじいさんの優しい声を聞いた瞬間、なぜだかわからないけど涙があふれてきて、あたしは声をあげて泣き出した。

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