LONDON 裏切者 part2
沈黙するクラークとは対照的にシッダールトは決して手を休める事なく作業しながら話を再開する。
「……じゃあ、彼ら、親族の方々が受け取っているこの利益は、一体どこからきているのか?」
シッダールトはさらに速さを増したタッチで操作を続ける。
「様々な企業に投資を行っていると見せかけて、実際は複雑な迂回ルートを通り最終的に一カ所-この企業にすべての資金が流入されています」
会心の演奏を終えたピアニストのフィニッシュのようにシッダールトがキーを叩くと同時に、画面上に古い燭台をモチーフにしたシンボルマークが印象的なHPが現れた。
「『世界を照らす聖なる燭台』のマークで有名な、ニューヨークに本社を置くユダヤ系大企業ーゴールドバーグ&サンズです」
「ゴールドバーグ&サンズ、別名『戦争芸術家』。アフリカの小さな部族の衝突から国家間の紛争まで、世界各地で争いを自由に創り出し演出すると言われている世界最大の軍事企業」
レスターはゆっくりと席を立ち、俯いたままのクラークに近づくと低い声で話しかけた。
「先代アーサー様の強いご意向でウォルズリー家は軍需産業に対しての投資は禁止されています。先生もその事はよくご存知のはずですよね?」
クラークはレスターの問いかけが聞こえないかのように沈黙を続ける。
「アーサー様は何よりも戦争を憎み、その生涯を通じて平和を求め真摯な生き方を貫かれました。闇雲に資産を増やすことよりも、様々な財団を作り、世界中の難民や弱者救済に力を注がれていました。
それはご自身はもちろん、一族にも徹底されておられ、その為、富と栄光を求める十二親族の中に不満を持つ方がいたことも事実です。しかし、まさか軍事企業と繋がる者が出てくるとは……」
怒りと悲しみを抑え、絞り出すようにレスターがクラークを問い詰める。
「何故です?何故、先生ともあろうお方がこんなことに手を貸したのですか!」
「……すまない、レスター。私はー」
クラークが顔を上げ、話し出そうとしたその時ーー。
ガチャリ。
静かにドアが開き、微笑みを浮かべたメイドが再び現れた。
「何だ君は。大事な話の途中だ、出て行きたまえ」
レスターの言葉を無視するようにメイドはティーポットを持つとクラークの側に立ち囁いた。
「お替りをどうぞ」
「い、いや私は結構だ……」
そう話しかけたところでクラークは、メイドの目が光のない黒一色に塗りつぶされていることに気づいた。
「き、君は……!」
香り高い紅茶がゆっくりと注がれてゆく。
「お替りをどうぞ」
「おい、何をしている。早く出ていくんだ!」
怒りに満ちたレスターの声を聞きながら、クラークが震える手でカップを持ち上げ、メイドにすがるような口調で話しかける。
「頼む……お願いだ……家族だけは……!」
問いかけには答えず、メイドは微笑みながら、三度同じ言葉を繰り返した。
「お替りをどうぞ」
「先生!お止めください!」
レスターの制止を振り切り、震えながらクラークはティーカップの紅茶を一気に飲み干した。
「ーーーー!」
一拍の間を置いて突然その体が大きく仰け反り、目、鼻、口、耳ーその全てから高い天井に届くほど鮮血が迸った。
「クラーク先生!きさま、何をした!」
掴みかかろうとするレスターをあざ笑うかのようにメイドは一瞬で壁際まで飛ぶと、真っ黒な目で微笑みながら壁に溶け込んで姿を消した。
「何だと⁉︎……馬鹿な!」
急いでドアを開け部屋を出て後を追おうとするレスターだが、廊下には既に誰の姿も見当たらなかった。
「どう言うことだ?一体あいつは……!」
背後からシッダールトの叫び声が聞こえた。
「レスターさん!クラークさんが!」
慌てて室内に戻ると、息も絶え絶えのクラークが血と涙に濡れる目でレスターを見つめながら詫びた。
「すまなかった、レスター……」
「しっかりしてください、クラーク先生!」
「本当にすまない……私は……恐怖に怯え……銅貨三十枚を受け取ってしまったんだ……」
「先生、あれは何なんですか!奴らはいったい!」
「イスカリオテ……」
「……裏切者?」
「数百年の時を経て、歴史の闇から彼らは戻ってきた……」
「しっかりしてください!誰が、何のために!」
最後の力を振り絞るようにレスターの腕を掴むと、クラークは告げた。
「ジョシュアが……危ない……!」
「先生、クラーク先生!」
「神よ……私にはもう、光が見えない……」
レスターの腕を掴む手から力が抜けると同時にクラークの体はドロドロに溶けて流れ落ちてゆき、後には血にまみれた仕立てのいいスーツとメガネだけが残された。
「やはり、ジョシュア様の予想通りでしたね、レスターさん」
呆然と立ち尽くすレスターの背中に、シッダールトが呼びかけた。
「……ああ、残念ながら、な」
レスターは自分のデスクに戻ると、一番下の引き出しを開け、何かを探し始めた。
「シッダールト、君はすまないが引き続き一族の中でやつらに魂を売り渡した者を洗い出してくれ」
「わかりました」
「くれぐれも身の回りには注意してくれ。危険な目に合わせてすまないな」
「とんでもない。ジョシュア様とあなたに受けたご恩に比べれば、何てことないですよ」
「……すまんな」
レスターが開けた引き出しには、祖父と父が愛用していた二丁のアンティークなリボルバー式拳銃とともに、油紙に包まれて大切に保管されている一丁の自動拳銃があった。
それは長年イギリス軍の正式拳銃であったが、近年ではより高性能なオーストリア製のグロックに取って代わられ生産中地となっているブローニングハイパワーL9A1だった。
両手で何度も動作チェックを重ねるレスターに、シッダールトが恐る恐る声をかける。
「レスターさん、それ……どうするつもりですか?」
「私も相棒と共に日本へ、オノミチへ行く!ジョシュア様ともう一方ーウォルズリーの希望を守らねば!」
「あの……残念なお話なんですが……日本への銃の持ち込みは……やめておいた方が」
「……何故だ⁉︎」
「日本では銃の所持は、禁止されています」
口を開けて固まるレスターを見て、シッダールトは思った。
『この人はイギリス陸軍の特殊空挺部隊SAS出身で、本当にタフで頼りになる人なんだけど、こう言うところが抜けているんだよなあ……』




