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大魔法使いの末裔である英国貴族の若き当主とケンカっ早いハーフモデルのアタシが体験したのはロンドン、ニューヨーク、東京、尾道を舞台にした奇妙な真夏の夜の夢物語!  作者: ヨシオカセイジュ


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LONDON 裏切者 part1

 イギリスはロンドン郊外、夕暮れに染まるウォルズリー城。

 筆頭執事専用室で、ジョシュア・ウォルズリーの執事マーク・レスターは、祖父の代から受け継がれるデスクに座り携帯電話を握りしめ、呼び出し音に耳を傾けていた。

 だが彼の願いもむなしく反応はなく、やがて天を仰ぐように電話を切るとため息を漏らした。


「まったくあのお方(ジョシュア)だけは!せめて連絡ぐらい取れるようにしてくれないと。誠に申し訳ありません、先生……」


 そうつぶやくと、クラシックなアールヌーボー様式のソファーに座る白髪頭にメガネをかけた老紳士に目をやった。気まずい沈黙の中、レスターの隣の書類が積み上げられた小さなデスクで複数のノート型PCや大型のタブレットを操作しているインド系と(おぼ)しき小柄な若者のキーボードを叩く音だけが室内に響き続けている。


「失礼いたします」


 静かに入ってきたメイドが各人のカップにお替りの紅茶を注ぐと、殺伐とした室内はゆっくりと心安らぐ香りに包まれてゆき、メイドは無言で頭を下げ退室していった。


「さすがの『教皇聖下や女王陛下の前でも動じない氷の男(アイスマン)』も、あの子(ジョシュア)の事になると形無しだな」

 老紳士はアンティークなティーカップを顔の高さに持ち上げ、鼻腔いっぱいに立ち上る香りを満喫して微笑むと、苛立ちを隠せないレスターに静かに話しかけた。

「少しは落ち着いたらどうかね、マーク。そんなことではせっかくのいい茶葉が台無しだよ」

「そんな他人ごとみたいに仰らないでください、クラーク先生!」


 レスターは家族間のトラブルを頼りになる年上の縁者に嘆くように、老紳士に言葉を返す。


「何十年もこのウォルズリー家に関わってこられた先生なら、少しはジョシュア様にお説教をしてやってくださいよ。先代アーサー様がご逝去されてもうすぐ一年が経とうというのに、この城のことも十二親族の方々にもまったくの無関心で遊び歩かれているのですから!」

祖父(ジャック)(ヘンリー)と合わせ三代にわたり執事としてウォルズリー家に使える君も今回ばかりはお手上げのようだな」


 クラークー本名チャールズ・C・クラークは英国女王より勅許(Royal Charter)を受けたACCA(勅許公認会計士会)の資格を有し、長年にわたってウォルズリー家の財務会計を請け負うイギリスでも有数のキャリアを誇る会計士であった。

 

「今回も年に一度の親族会議を当日にキャンセルしたかと思うと、突然海外へと旅立ってしまわれこの通り連絡も取れない有様ですし……」

「まあ、彼もパブリックスクールを卒業し、カレッジへの進学も控えている。これから忙しくなるのは解っているだろうから新たな当主に就く前に色々とやりたい事もあるのだろう」

「それこそが問題なのですよ!」

 レスターの声のトーンが上がった。


「既に世間的にはジョシュア様が新当主と思われていますが、十二親族の皆様方の出席する親族会議での承認が降りないうちは正式には認められないのですから。もし、それ以前にその身に何かあれば……」

「確かにそうだが気に病むことはないだろう。今さら八十年以上前のハワード公の事件のように当主の座を狙う者もおらんだろうし」

「それはまあ、その通りなんですが……」


「で、結局のところ(ジョシュア)の行き先は、あの世界一平和で安全な国ーー日本のどこかかは分ったのかね?」

 クラークはアンティークカップの絵柄を興味深そうに眺めながら、さほど関心のない口ぶりでレスターに訊ねた。

「いえ、まだ何も」

「そうか。あそこではないのかね、何と言ったかな……先代(アーサー)の父上の出身であり、幼少期を過ごされた小さな町……」

「オノミチ……ですか。まさか、それはないでしょう。何もない田舎町とのことですし、ご実家も今はもう廃墟となっているそうですから」

「ふうむ、そうかね」

「恐らくトウキョウのどこかで羽を伸ばして遊び歩いていらっしゃると思います。あそこならパリやコートダジュールとは違い厄介なパパラッチの類もいませんし」


「君も気苦労が絶えんな」

「こればかりは仕方がないですね。早くリタイアして、のんびりと好きなバイクや車いじりでも楽しみたいものですよ」

「君のメカ好きは、父親譲りだな」

「お恥ずかしい限りで……ところで、本日はそれとは別に気になる事がありまして、ぜひ先生にご相談に乗っていただきたいのですが」

「だろうね。だからこそ監査の時期でもないのに私を呼んだ訳だろう」

「……お忙しいところを申し訳ございません」

「構わんよ、マーク。君の父上には私も若いころから随分と世話になったものだ。私たちは家族のようなものじゃないか」

「……お気遣いありがとうございます」


 レスターは一瞬、どこか切なそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔になってクラークへと書類を手渡した。

「実はですね、これらのいくつかの書類に奇妙な点がありまして」

 それは十二の親族を含むウォルズリー家の財務状況のうち、国外への投資を示す書類だった。

「この数年、ご親族の間で海外の企業への投資が急激に増加しているのはご存知だと思うのですが……」

「勿論だ。ここにある大半の企業は私が相談を受けて紹介したものだからね。デジタル関連から再生エネルギー、食糧プラントなど規模や業種は様々だが、いずれも極端な収益もない代わりに損失もわずかで済んでいる健全な投資先ばかりだよ。これが何か?」


「あまりにも、健全すぎるんですよねえ」


 レスターがクラークに応える前に、インド系の若者が声をあげた。

 クラークは(いぶか)しげに声の主を見たが、当の本人はキーボードを叩き続けている。

「レスター、彼は……?」

「ああ、クラーク先生にはまだ紹介しておりませんでしたか」

 レスターは立ち上がると若者の肩に手を置いた。

「まあ私の身内のような者なんですが、オックスフォードを飛び級で15歳で卒業したシッダールト・シンです。現在は大学院に在学中なんですが、経営学とコンピューター関係に詳しいのでアルバイトで私のアシスタントをしてもらっているんです」

 シャイな性格なのか、シッダールトはクラークの顔も見ずに下を向いたまま挨拶をした。


「……健全すぎる、とはどういうことだね、シッダールト君?」

 相変わらず目も合わせないままシッダールトは応える。

「これらの企業はアメリカ、ロシア、中国、EUなど様々な国のいずれも新興企業ですよね。当然のことながら創立時期、資本金、従業員数など事業規模はまったく異なっています。しかし奇妙なことに、共通点が一つだけあるんですよ」


「リスク&リターン。投資に対する収益、つまり利益率が非常に安定しているんです」

「結構なことだろう。どこに問題がある?」

「普通、この手の新興企業は国際級の金融機関や長期型の機関投資家の付き合いが限られるため、実際の経営状況とは違い良くも悪くも収支に予測不可能な『波』が出るのが普通なんです」

「そんな事は君に言われるまでもなく、理解しているつもりだがね。それを踏まえて私はこれらの企業をー」

 ほんの少しではあるが不愉快な表情を浮かべるクラークの反論を無視して話し続ける。


「いずれも利益率は低いものの、不自然なくらいに安定して模範的な収益を上げ続けている」

 そこまで言うとシッダールトは初めて悪戯好きの少年のような笑顔を浮かべ、書類に記載された企業のホームページを開いて見せた。

「そこでちょっと荒っぽい手口を使ってみました」

 一気にタッチを早めると鼻歌交じりにコンピューターを操作しだした。

「前回、アクセスした際にちょっとした仕掛けをしておきました」

「仕掛け……?」


「バックドアを設置しておいたんですよ。これでこの会社の内側に大手を振って入り込めるわけです」


 そう言ってキーを叩いた瞬間、シッダールトの手元の大型タブレットに大量の情報が一気に流れ込んできた。


「お、おい!そんな事をして大丈夫なのか?」

 レスターが慌てるクラークを落ち着かせるように、低く静かに話しかける。

「この子に任せておけば大丈夫ですよ、先生。相手は侵入された事すら気づきません」


「わかった事は二つ」

 

「具体的な事業内容はほとんどなく、記載されている従業員も、住所にもそんな会社は存在しない。行なっている事と言えばウォルズリー家から振り込まれる金額を別名目で分散して複数の金融機関を経由させているだけ」

 クラークにはじめて視線を合わせると、シッダールトは強い口調で告げた。


「これ、すべてペーパーカンパニーですよね、クラークさん?」



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