プロローグ アンの受難
「なんで、こんなことになるのよ!
みんな、だいっ嫌いいいっ!」
雨に濡れた神社の長い石段を
真っ逆さまに転がり落ちながら、
その少女は叫んでいた。
プラチナカラーに近い美しい金髪、
ハッキリと大きな二重の目は
キラキラと輝く真夏の海のような紺碧の瞳。
まだどこか幼いふっくらとした輪郭に
丸みを帯びた鼻筋と柔らかな口元が
一般的な白人女性と比べると、東洋的で
親しみやすいキュートさを与えている。
細身の体を包むのは黒のスキニーなパンツと
オーバーサイズの白いTシャツだけという
ごくごくシンプルな服装ながら、
素晴らしいスタイルなのが伝わってくる。
ひっくり返った際に見えた黒いサンダルの
真っ赤な靴底がひときわ印象的だ。
だが、当の本人にはそんな他人の目を
気にする余裕は一ミリもなかった。
『そりゃあ、こんな田舎に来るのに
120ミリもあるルブタンをチョイスした
あたしが悪いっちゃあ悪いけど、
何もこんなひどい目に
遭わせなくってもいいじゃない!』
だが、3回転目を超えたところで
少女はあることに気づいた。
周りの風景すべてがゆっくりと
流れるように見えることと、
同時に子供の頃に自分を
ガイジン、ガイジンとイジメた
男の子をノックアウトしたことや
初めて来た東京でAVのスカウトマンに
つきまとわれ上段蹴りで失神させたこと、
セクハラ芸能事務所の社長を胸ぐら掴んで
壁に叩きつけたことなどが
ちょいちょいはさまっていることに。
『…あれ?ひょっとしてこれって、
例のアレ?何だっけ?
そうだソーマトー?
て、事は、あたしってこのまま
打ち所悪くて死んじゃったりするワケ…?
そんなのイヤ!!!!!
まだ十七才なのよ!
やりたいこと何にもしてないし、
ニューヨークにもイタリアにも、
あたしの夢、パリコレも!
こんなところで死ぬのは絶対イヤ!
……ところでソーマトーって何?どんな字?』
だが回転は止まらず、遠ざかる意識の中、
少女は周囲の木々から小鳥が驚いて
いっせいに飛び立つほどの大声で叫んだ。
「神様の、ばかばかばかあー!」
最後の“あー”が空しく響きわたる中、
石段を一番下まで転げ落ちたところで
少女は完全に気を失った。