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4. もう少しで、堕ちられる

 レオンの朝は早い。

 普段から遅くとも6時には起床し依頼を受けにギルドに行くからだ。

 そして、それが日常になってしまったレオンは、目覚ましがなくても長く寝られるオフの日でも自然と6時に目が覚める。

 スタンピード明けで泥のように眠ったその日も、レオンは6時に目が覚めた。

 しかし、依頼を受ける気はない。無理を重ねた体がまだ疲労を訴えている。

 かといってもう目が覚めてしまったので二度寝もできない。


「今日は何すっかな……」


 まだぼんやりと回りきらない頭を振って残った眠気を振り払う。


「暇だ……あーそういや武器の手入れしてねぇな……久しぶりに鍛冶屋に持ってくか」


 鍛冶屋は既に開いている。依頼を受ける前後の冒険者はいい客だ。いつもなら混んでいる鍛冶屋だが、恐らく昨日の今日で依頼を受けようと思う冒険者もなかなかいないだろう。

 レオンは自然と目が覚めるが、オフの日は昼過ぎまで寝る冒険者も多い。特にスタンピードの翌日である今日は余計に少ない筈だ。


「まあどっちにしろ朝飯だ」


 レオンが住んでいる、いや借りている宿は朝食付きだ。6時以降ならいつでも食べられるので、レオンも冷たい水で顔を洗って宿の食堂に向かった。


 偶然好物が朝食だったレオンは機嫌よく鍛冶屋を訪れる。

 予想通り冒険者はおらず、鍛冶屋の店主は暇そうに欠伸をしていた。


「ほんと人いねぇな」

「おうレオン。皆寝てるんじゃないか?昨日スタンピードだったしな」


 鍛冶屋の店主はガラが悪いし態度も尊大だ。

 それでも価格は良心的だし店主を含めて職人はみな腕はあるので冒険者には人気の店である。そしてその態度ゆえに冒険者もそれなりの態度で店主に接する。

 この店主の凄いところは冒険者の名前と大体の強さを覚えているところである。何故知っているのかは不明。


「で、手入れか?武器壊れたのか」

「竜と戦ったんでもあるまいし壊れるような下手な斬り方しねぇよ」

「ははは、お前はそうだわな。ほれ剣出せ」

「ん」


 レオンは昨日酷使した剣を差し出す。壊れてはいないものの、刃こぼれはかなりしている。

 料金は先払いだ。提示された価格を見て、レオンは怪訝そうに店主を見る。いつもの半額だったからだ。


「値下げしたのか」

「いんや。昨日スタンピードだったろ?この街を守ってくれた礼ってこったな。今日限定で冒険者全員この金額だ。だがそれで押しかけられても面倒だから他の奴には言うなよ」


 店主が照れたように笑う。珍しいその表情にレオンは驚いた。

 だが、冒険者の義務ではあっても礼を言ってくれれば嬉しくない訳がなく、レオンも自然と笑みを浮かべた。


「15分くらい後に戻って来い」

「んー、いやここで武器見とくわ。どうせ人少ねぇだろ」

「多分な。まあ好きにしろ」


 店主が剣を持って店の奥に引っ込む。店主の代わりに他の職人が出て来たということは、店主直々に手入れしてくれるということだろう。大サービスだ。

 レオンは売られている剣を見る。Bランクにもなれば武器はオーダーメイドだ。だがレオンも男の子、武器を見ているのは楽しい。


「そういや解体用ナイフもそろそろ買い換えるかな」


 今使っている解体用ナイフは、冒険者になるときに買ったものだ。7年くらい使っている。

 お金が勿体なくてずっと使ってきたが、安いものなので切れ味はそれ程良くない。剣同様昨日かなり酷使したし、お金もそこそこ貯まっている。買い換えてもいい頃だろう。


 解体用ナイフをオーダーメイドする人はいない。オーダーメイドは高額だ。普段使いの武器ならば、自分に合ったものを使うべきということで、Cランクになったあたりからオーダーメイドにする人が増える。しかし所詮解体用ナイフに高額を使いたくない。だから既製品を買う。そして店主もそれを分かっているので、既製品の種類がかなり豊富だ。

 レオンも例に違わず解体用ナイフのコーナーに移動し、自分に合うものを探す。

 手に上手くフィットするものを見つけて勘定していると、奥から店主が剣を持って出て来た。


「ほれ」

「サンキュ」


 受け取った件の刃は美しく研がれて光を反射し煌いている。自分じゃここまではできない、とレオンは剣に見惚れた。

 鍛冶屋を出たレオンはぶらぶらと市場を回る。林檎を買って丸かじりしながら家に戻った。


「暇」


 そのとき、チャイムが鳴った。

 ドアを開けると、そこには再会を待ち焦がれていた人がいた。


「マリア!」

「おはよう、レオン」


 マリア(女神)がにこりと微笑む。あまりに美しく可愛くて、レオンは理性を必死にかき集めた。レオンも年頃の男子なのである。


「立ち話もなんだし、入って。……いや男と二人きりなんて嫌だよな、ごめん!喫茶店にでも行こうか」

「ううん、レオンも疲れてるでしょ。入っていい?」


 上目遣いをされ、レオンはこくこくと頷くことしかできなかった。


「お邪魔します……」

「椅子ないんだ、ごめん。寝るしかしないから……。ベッドで良ければ座って」


 レオンはベッドに座り、ぽんぽんと隣を叩いた。僅かに頬を染め、女神が座る。


「その……来て大丈夫なの?」

「少しくらいなら大丈夫。それより昨日スタンピードだったんでしょ?怪我は?」

「回復薬で治るくらいのしかしてないよ」

「良かった……」


 女神がほっと胸を撫で下ろす。心底安堵したというその表情が愛しい。レオンは抱き締めたいという衝動を何とかやり過ごす。


「わざわざ来てくれたってことは何か用があったんだよね?」

「用、かな……その、死者と後遺症の残る怪我をした人はいないって聞いてたけど、自分の目で確認したくて。……っていうのは半分くらいで、後の半分はただ会いたかったの」

「ありがとう。俺も会いたかった」


 えへへ、と女神が頬を緩める。あまりの可愛さに、気付けば抱き締めてしまっていた。衝動とかいう次元じゃなかった。

 腕の中の恋人は、小さくて少しでも力を入れれば壊れてしまいそうで、強く抱き締めたいのを堪える。


「好き」


 ぽつりとレオンが呟く。女神はレオンの背に腕を回して抱き締め返し、その肩口に額を擦りつけた。


「私も好き」


 甘えた声で女神が言う。

 はー、とレオンはゆっくり息を吐いた。可愛いしか考えられない。

 女神とレオンは暫く抱き締め合っていた。


⁑*⁑*⁑


 幸せだ、と女神はレオンの腕の中でそっと息を吐く。

 会えない時間が長い程気持ちは強くなる。もうレオンを諦めることなんて到底できない。

 レオンを見上げると、熱の籠もった瞳と視線が絡んだ。


「マリア。……キスしてもいい?」


 女神の頬に朱が差す。女神はこくりと頷き、目を閉じた。

 唇に柔らかいものが触れる。一度離れて見つめ合い、自然ともう一度唇が重なった。

 レオンが女神の後頭部に手を添える。角度を変えながら何度もキスが繰り返された。


 漸く解放されたとき、女神の顔はさらに赤くなり、茹でられたようだった。それを見てレオンが意地悪そうに笑む。それにすら女神はドキドキした。


「真っ赤。……可愛い」

「れ、レオンが悪い」

「うん俺が悪い」


 そしてまた唇が重なる。

 中毒になりそうなくらい心地良かった。


 散々いちゃついた後、女神が口を開いた。


「あのね、……もうしばらくかかりそう、かも」

「分かった。俺はいつまででも待つから。一生でも待つ。だから焦らなくていいから」

「ありがとう。でも早くレオンと、その、一緒になりたいから。私が急ぎたいの」

「俺も。ありがとう」


 レオンが女神の髪を梳き、抱き寄せた。

 暗い顔をしていた女神だが、ふにゃりと表情を崩した。


「私、レオンと一緒になれたら、冒険者になってレオンとパーティを組みたいの」

「んー……マリアが腕が立つのは知ってるけど、冒険者は危険だ。やっぱり家にいて欲しい気持ちはある」

「私、魔法が得意なの。それに、実は……治癒魔法を使えるの」


 レオンは目を瞠る。

 魔法は誰でも使える。熟練度でその威力は変わるけれど、一応詠唱さえすれば誰でも発動できる。

 しかし治癒魔法は違う。詠唱を口にしても発動できない。だが条件は明らかになっていないが、ごく一部の人は使うことができる。それも詠唱なしで、だ。


 女神はこの条件を知っている。神から人間に堕ちた者が使えるのだ。

 実は人間に堕ちた神は、魔力を取り込み神聖力と呼ばれるものに変換することができる。治癒魔法とはこの神聖力を用いて発動するもので、厳密には魔法ではない。魔法ならば魔法を司る女神の承認が必要だからだ。治癒魔法は詠唱なしで使える、つまり女神の承認なしで使える。ゆえに魔法ではない。

 では何なのかと言われると女神も説明できないのだが……。


 治癒魔法を持つ者は、希望者は余程問題のある者でない限り誰でも王宮で働くことができるが、強制ではない。王宮で働くことができれば莫大な給料による豪華な暮らしが約束されるので希望する者の方が多く、だからこそ強制ではないのだ。


「もしかして……今王宮で?」

「違う違う!誰にも言ってないの。王宮で働くよりも、レオンを治したい。レオンが怪我するのが嫌。冒険者である以上怪我するのは仕方ないけど、だから私がすぐに治してあげたい」

「それなら俺が冒険者やめて定職に就くよ」

「レオンは冒険者楽しいんでしょ?」

「まあ、それは」


 レオンは小さな声で言い俯いた。

 スタンピードの前ならば、女神はその言葉にそのまま頷いていただろう。

 しかし女神は知っている。レオンが魔物と交戦するときに昂ぶった笑みを浮かべていることを。スタンピードのとき、強く実感した。レオンが魔物との戦いを楽しいと思っていることを。

 だから、女神が理由で冒険者をやめるなんてことをして欲しくなかった。


「レオンは私が強いこと知ってるじゃない」

「それでも愛してる女に怪我をさせなくないんだ」


 どれだけ言ってもレオンは頑なに拒否をする。

 レオンが冒険者をやめるなら、会わなければよかった。


「私は楽しそうに冒険者をやってるレオンに惚れたのよ。だからね、レオンが冒険者をやめるって言うんなら……もう会わない」

「は?」


 レオンが険しい声を出す。しかし女神が本気だと分かったようで、目を伏せる。


「……分かった。冒険者を続ける」

「ありがとう」


 それでも女神と一緒にいたいと思ってしまう自分が恨めしい、とレオンは下唇を噛んだ。


「でももしも危ない状況に陥ったら、絶対に君自身を優先して欲しい。それだけ約束して欲しいんだ」

「分かった」


 魔法を司っている女神は、人間に堕ちたとしても魔力がほぼ無限にあり、魔法の熟練度は人間の最高を突破している。

 そのため危ない状況に陥るなんてことは100%ないし、またたとえそうなっても100%レオンを優先するのだが、頷かなければレオンが納得しないのは分かっていたため、女神は素直に頷いた。


「でもレオン。私がレオンの隣に立てるようになるとき、……レオンはもう冒険者を引退しているかもしれないけれどね」

「それならそれでいいよ、マリアが怪我をしないならその方がいいからね」


 レオンが女神を見て優しく微笑み、頭を撫でる。

 女神は剣だこのある大きな手の心地良さに目を細めた。

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