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3. スタンピード

 天界に帰った女神は早速退職願を書いた。


「女神を辞めさせて下さい」


 しかし返ってきた言葉は冷たかった。


「無理だ。お前が辞めれば人間は魔法を使えなくなる」

「自動で許可する機械を制作しました」

「じゃあそれが壊れたらどうする?一度人間に堕ちればもう天界には戻って来られない。誰がそれを修理するんだ。それにお前の仕事はそれだけじゃないだろう。データを纏めるのはどうする」

「……それは」


 正論だった。


「諦めろ。それか何か代替を見つけて来い」

「……はい」


 女神は突き返された退職願を持ってしょんぼりと自室に戻った。


「分かっていたことだけど」


 代替か、と女神は呟く。

 女神はブラックだ。自動連打機を作ったことで左手は自由になったが、それでも週に数回下界に降りるのが精々だ。

 おまけに信仰されている訳でもない。

 そんな仕事に誰が就きたいというのか。

 解決策は思いつかず、その日も、次の日も、その次の日も、データを纏めるだけで終わった。


 三日後、女神は下界を見つめていた。


「会いたい」


 視線の先には愛しのレオン。

 女神の力は迷宮にも及ぶ。今も、迷宮の中層に潜って魔物と交戦しているレオンを眺めている。


 今レオンが潜っている迷宮は、5階層ごとに中ボスと呼ばれる存在がいて、それを倒さないと次の階層には進めない。

 レオンが魔物との交戦を終えて階段を降りる。この階で中層は終わり、その次の階からは深層と呼ばれる域に入る。

 階段の先には大きな扉。5階層ごとにあるが、同じデザインだ。

 レオンは一つ息を吐き、扉を開けた。


「ゴーレムかよ……」


 レオンが舌打ちをする。

 ゴーレムは物理に強く魔法に弱い。しかしレオンは魔法を使わない近接戦闘の方が得意だ。詠唱と行動を両立させるのが苦手だからである。

 レオンにとっては嫌な相手だったが、女神にとっては天啓が閃いた気分だった。自分が天の存在なのだが。


「修理できないなら修理できる存在があればいいのよね。データを纏めるのだって、自動連打機と同じ。機械にしてしまえばいいのよ」


 女神はにこにこしながら迷宮で魔物を倒していくレオンをたっぷり数時間堪能し、いそいそと作成に取り掛かった。


 作るのは、データ集計機と修理ゴーレム5体だ。

 ゴーレムといっても、岩の寄せ集めのような本来の姿ではなく、どちらかというとアンドロイドやオートマタに近い、より人型に近づけたものだ。そもそも女神の創作物が壊れることもなかなかないのだが、万が一のことも考え、相互修理を可能とした。台数は多い方がいい。


 しかしこの制作は難航を極めた。

 この世界には人工知能という概念がまだなく、それは女神にとっても同じことだった。それさえ搭載できれば自動修正もしてくれるし比較的楽だったのだが……。


 データ集計機は特に困難だった。

 何しろ魔法は音声認識である。データが表示される板のようなものの材質も不明。どうやって人を判別しているのかも不明。何もかも仕組みが分からない。女神はまずそれらを調べ解明する段から始めないといけなかったのだ。


 早くレオンの元に行きたい一心で、下界に降りることもレオンを眺めることもなく、女神はデータを纏めるのと機械の製作だけを行う日々を繰り返した。

 だから半年後のその日も、女神は下界に意識を向けていなかった。


「ん?今日多くない?」


 上がって来るデータの数がとても多い。それも、あの迷宮付近の。


「っ、スタンピードか」


⁑*⁑*⁑


 マリア(女神)はどこにいるんだろう、とレオンは街の酒場でぼんやりと思った。

 あのお祭りの後から一度も見ていない。身分を自分と合わせるために奔走してくれているのだろうかというレオンの考えは正解だ。


 その時、カーンカーンカーンカーンと甲高い鐘の音が街に響き渡った。


『スタンピード発生、迷宮付近にて魔物の群れを確認。冒険者は今すぐ東門に集合してください。腕に自信のある者は協力をお願いします。治癒のできる者は中央広場に集合してください。繰り返します――」


 一ヶ月ほど前から予兆は出ていたため、街中の誰もが心の準備はできている。加えて冒険者はオフの時でもすぐに集合できるよう武器の携帯を義務付けられている。

 レオンはジョッキに残ったエールをぐっと喉に流し込み、東門へと走った。


 東門の前には既に冒険者が多く居た。ギルドが東門の近くにあり、その辺には酒場が集中している。レオンはこの日は少し離れた酒場に居たが、多くの冒険者がギルド近くの酒場に居たためにすぐに集合できたのだろう。


「おう、レオン」

「モリス。状況は?」

「まだこっからは姿は見えてねぇし音もしねぇ。だがそこまで待ってたら遅すぎるからもうちょい集まるの待って出ることになるだろうな」


『近接戦闘が得意な者は外壁の外へ、魔法が得意な者は外壁の上へ!万が一の誤射を防ぐため弓は不可とする!固まらずばらけて!SランクとAランクは率先して強い魔物の討伐を!他も自分のランクに合った魔物を優先して討伐するように!一般の協力者のうち外壁の上に上がらない者は門付近で待機をお願いします!』


 ギルド職員がメガホンを持って大声で指示を出した。


 ランクは弱い順にF、E、D、C、B、A、Sまであり、ギルドが依頼の難易度と成功数、人格などを基に判断する。

 レオンは年齢の割には強いがまだBランクだ。最後に出てくるような強力な魔物は到底倒せない。

 因みに魔法の誤射はない。そもそも対象を決めて発動するものなので、余程速い魔物でなければ大抵当たる。ただその威力は熟練度に依るため、例えば魔法が苦手なレオンであれば一撃で葬ることができる魔物は精々Eランク程度だろう。なのでレオンは剣に纏わせる以外には基本的に魔法を使わない。


 門の外に出てずらりと並んだ冒険者は、各々軽いストレッチをしたり準備運動をしたりしている。

 そして、遂に合図が出た。


『突撃!』


 うおおおおお、と大声を出して冒険者が駆ける。

 迷宮のある街は、冒険者が多い。レオンが元居た街とは段違いに多い。だから冒険者が一斉に駆けることで地響きが起こった。

 土煙に顔を顰めながら、しかし僅かな高揚を秘めてレオンも駆け出した。


 しかしスタンピードは、レオンが思っていたものよりも断然苦しいものだった。


「っく、いつまで、続くんだよっ!」


 倒しても倒しても魔物は減らない。魔物の死体で足の踏み場がなくなり、不安定な足場での戦いとなる。

 その上、魔物は徐々に強くなっている。

 回復薬をかける暇もないため、どの冒険者も満身創痍だ。怪我の酷い者が這いずって街に戻ってゆくことも増え、冒険者の数は減る一方だ。


「っまじかよ」


 迷宮の中層の中ボスとして見た魔物が二体レオンに迫る。

 万全ならば余裕で屠ることができただろう。しかしこの不安定な足場と疲労の影響は大きかった。


「っつ!」


 避けきれず魔物の爪がレオンの左肩を裂く。激痛が走るが、この程度なら後で回復薬をかければ治る、とレオンは気合いで戦闘を続ける。

 何とか二体を倒し、魔物が迫っていないことを確認してレオンは息を整える。ポーチに入れた回復薬を半分飲み半分傷口にかけると、傷みが溶けるように消えた。水分を摂ったことで僅かに疲労も軽減された気がする。


 勢いを取り戻したレオンは周りの魔物を次々と倒していく。

 だがランクの低さや怪我で下がる冒険者が増え、今では残っている冒険者は半分程しかいない。

 これじゃジリ貧だ、とレオンが思った時。


『喜べ!付近の街から増援だ!』


 ギルド職員が叫ぶ。

 士気が回復し、冒険者は大声を出して自らを鼓舞した。

 そして、魔物は数を減らしていった。


『諸君!殲滅完了はもうすぐだ!後一息頑張ってくれ!』


 手持無沙汰になって他の冒険者のところに助太刀に入る冒険者も増えているようだ。レオンも辺りを片づけ、魔物の多い方に向かって次々と斬り倒していった。


 そして、日没も近づいた夕方。

 魔物は掃討され、スタンピードの終息が宣言された。


「ぅあー……寝てぇ……風呂入りてぇ……」


 レオンは顔を顰めてその場にへたり込む。

 スタンピードは終息して終わりではない。魔物を解体し素材を得るところまで含めて冒険者の義務だ。

 どれだけ疲れていても、まだ帰れない。


 因みに素材がお金になったとき、そのお金は集計された後ランクに応じて分配される。

 自分がどれだけ倒したかは問題ではなく、ランクだけで得られるお金は決まる。

 それでも手を抜かないのは、手を抜けば死ぬからというただそれだけだ。


 解体が終わらなければ帰れない。

 それが分かっているので、疲れ果てた冒険者は解体に取り掛かる。

 レオンもそれに倣い、近くの魔物に解体用ナイフを突き立てた。


⁑*⁑*⁑


 女神はスタンピードが起こっていることに気付いてから、じっと下界を見つめていた。

 女神は下界には干渉できない。酷い怪我をしている冒険者たちを見れば、もどかしい気持ちになる。レオンが魔物に肩を傷つけられたときには悲鳴を上げ、下りて助けたいという気持ちを必死で抑えた。

 徐々に魔物が減りスタンピードの終息が宣言されたとき、女神は安堵の溜め息を吐いた。


「無事で良かった。残る怪我もなくて、本当に良かった……」


 レオンは疲れ切った表情で魔物を解体している。


「レオンが家の外に出たら、会いに行こう」


 疲れて家で休憩するレオンを邪魔するつもりはない。

 けれど、レオンが無事であることを自分の目で、手で、確認したかった。

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