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1. 女神は気まぐれに下界を眺める

 魔法を使うには自身の持つ魔力と詠唱が必要。

 魔力量は生まれつき決まっており、増減はしない。

 それは子供でも知る一般常識。

 しかし、詠唱の意味を知る者はいつしか消えた。


『女神に魔力を捧ぎ請わん、出でよ○○』


 ○○にはファイヤーボールだとかアイスランスだとかが入るわけだが、問題なのが前半である。

 女神女神と言いながら、信仰されているのは男神である。魔法を使う者は、いつもよく分からないままに詠唱をしている。


 結論から言うと、魔法を司っている女神というものが存在するのだが知られていないだけである。

 詠唱では女神に魔力を捧げているっぽい感じだが、魔力は魔法を構築するためのいわば材料であり、本人が持つものではなく大気中にあるものである。では何故詠唱が必要なのかというと、女神に魔法を使う許可を求めるためだ。


 因みに音声認識であるため、はっきり聞き取りやすく全文間違いなく言わないと女神に申請が上がらない。

 これまで幾人もの人々が無詠唱に挑戦したが、未だ成功した者はいない。当然だ、音声認識なのだから。


 では女神視点ではどうなのかというと。

 世界にはそれはもう大量の人間がいる訳であり、当然魔法の申請も間髪入れないどころかほぼ同時に大量に上がってくる訳である。

 いくら女神の処理速度が人間より遥かに速いといえども、一つ一つ見て許可をするかどうか考えていたら死んでしまう。


 大体女神とて単に許可をするだけが仕事ではない。どんな性別どんな年齢の何人が魔法を使いどの魔法がどれだけ使われたのかを日ごとのデータにしなければならない。週末、月末、年末には合計のデータも作らなければならない。

 なので女神は申請内容など見ずにひたすら許可ボタンを連打している。




 さて。

 毎日毎日同じ仕事を数千年も続けていれば、いい加減女神も飽きる。

 飽きた飽きたと思いながら、ある日データにまとめる仕事が少し早く終わった。いつもならただただぼんやりするだけなのだが、ふと女神は申請履歴を眺めた。

 履歴には、申請してきた人の名前、年齢、性別、職業、顔写真、申請した魔法、申請場所、申請時刻、許可時刻が記載されている。申請理由は書かれていないので、見てもつまらない。

 そう思った女神は履歴を見るのを終わろうとして、ある一ページで手を止めた。


「この子……」


===============

レオン 13 男 冒険者

ウィンドランス

申請 08:04 カリーア平原

許可 08:04

===============


 特に変哲のないプロフィール。

 家名がないから平民。平民ならば13歳の冒険者なんて沢山いるのに、女神はその男の子――レオンが気になった。

 理由は簡単。


「この子絶対イケメンになるぞ」


 顔が良かったからである。




 本物を見てみたい。

 そう思った女神は、下界を覗く。時刻は21時過ぎ。対象にレオンを指定した女神の視界に映ったのは、風呂から出た直後、何も身に着けていないレオンの姿だった。


「きゃあっ!?」


 まだ顔には幼さを残すが、冒険者特有の鋭さを持つ瞳がそれを打ち消し大人らしく見せていた。

 何より目を惹かれるのが、美しく六つに割れた腹筋と――。


 女神は頬を押さえて目を逸らす。

 その顔は茹でられたかのように真っ赤だった。


 その日以降、女神は時折下界を覗くようになった。

 勿論対象はレオンだ。ただ、夜に覗くことは絶対にしない。あれはあまりにも心臓に悪かった。


 同時に女神は非常に仕事熱心になった。余った時間で全自動連打機を作るためである。

 女神が天界というか自室を離れられないのは魔法の使用許可を出さなければならないからだ。逆に言うと、それさえ何とかなれば天界を出て下界に降りることができる。

 そう、女神は下界に降りて直にレオンを見てみるつもりだった。


 女神は、たまたま見つけた一人の少年にとても執着していることにまだ気付かない。


⁑*⁑*⁑


「できたぁ!」


 女神は歓喜した。

 遂に全自動連打機が完成したのである。


 制作に半年。正確に作動するかの確認に半年。

 女神は歓喜のままに、下界に飛び降りた。

 レオンは既に14歳になっていた。


 下界では、朝の8時。

 レオンは最近カリーア森林の依頼ばかりを受け、腕を磨いている。その事実だけをもとに女神はカリーア森林に降り立った。

 女神は最大限に気配を消し、魔物に見つからないようにする。魔法を司る神ゆえに無敵だが、死体を消すことはできない。痕跡を残すことはしたくなかった。


 10分程経ってレオンが現れる。賭けに勝った、と女神は口角を上げる。

 この一年、女神は全自動連打機を作ることに時間を捧げていたため、全くレオンを見ていない。

 久々に見たレオンは、顔つきに精悍さが増し、体も鍛えられていることが良く分かる。冒険者にはままあることだが、目つきの鋭さによってかなり大人びて見えた。身長さえあれば5歳くらい上に見えたことだろう。


 レオンは浅いところで魔物をさくさくと倒していく。

 格好いい、と女神は心の中で呟いた。


 深いところに行くにつれて、魔物はより強くなる。徐々に手こずり始めたレオンは奥に行くのを止めた。

 選んで倒しているのは一角狼。角を集めるのが依頼のようだ。

 一角狼は、単体であれば簡単に倒せるが、群れだと一気に難易度が跳ねあがる。急所は少なく狭いが急所さえ突けば一撃。レオンが腕を上げるにはぴったりの魔物といえた。

 一角狼のボス――その角が金色であることから金角狼と呼ばれる――が現れて危ない場面もあったが、順調に討伐を続け、夕方前頃にレオンは街に戻っていった。


「素敵……」


 女神はレオンの戦う姿を思い浮かべながら、緩んだ口元で天界に戻った。




 それから3年。


 週に数回レオンの様子を眺めている生活を続けていた女神だが、5年に1回の神々の集会に行っていたために半年程下界を離れていた。

 久々のレオンに胸をわくわくさせながら、最近レオンが籠っているカリーア森林の最奥に降り立った。

 浅いところならば初心者向きですらあるカリーア森林だが、その最奥となるとかなりの実力が必要となる。一般的に、カリーア森林の最奥のさらに最奥にある祠に到達できた者は上級者とされ、また他の街に移ることも多い。


 女神はレオンが来てからその場に降り立つことが増えていた。勿論確実だからだ。

 だからこの日も、レオンの姿を認めてから少し離れた場所に降り立った。


 女神が降り立った瞬間、レオンが女神のいる辺りに鋭い視線を向けた。そして、気の枝に腰掛ける女神と目が合う。

 レオンの瞳が大きく見開かれた。


(気付かれた)


 女神は、ふっとその場から姿を消した。


 戸惑った様子を見せるレオンを、女神は天界の自室から見つめる。

 遂に見つかってしまった。

 気配を消す自分の技術を過信してしまった。

 もうレオンの戦う姿を見ることができなくなってしまった。


 自分の迂闊さへの怒りを堪えるように女神は細い息を吐いた。

 この日から、女神は下界に降り立つのを控え、天界から覗き見るに留めるようになった。


⁑*⁑*⁑


 一方、レオンは。


「あれは、誰だったんだろう」


 一瞬だけ森で見たあの美少女、つまり女神のことばかりを考えていた。

 冒険者は常に命懸け。他のことに気を取られていては命が危ない。故にレオンは依頼だけをこなしてさっさと街に戻ったのだ。


 これまでも気配が急に現れるようなことはたまにあったのだが、それ程に気配を消すことができる強力な魔物が最奥でもない場所にいるとも思えず、気のせいかとスルーしていた。

 思えば、彼女だったのかもしれない。


 人間とは思えない程に整った顔はパーツ一つとっても完璧だった。肢体は見たことのないデザインの服に覆われていたが、それでも分かる程華奢だった。

 それでもあれだけ気配を消し最奥にいることができるのならば腕はかなり立つのだろう。


「妖精?……にしては大きすぎる」


 妖精は、幻の存在。存在自体は確認されているが、滅多に出逢うことができず生態も不明だ。

 人間に羽が生えたような姿だがその容姿の美しさは人間離れしており、また大きさも掌サイズだと言われている。

 彼女は確かに人間離れした美しさを持っていたが、人間の大きさだったし、一瞬の邂逅であるため確かではないが羽はなかった筈だ。


「一体、何だったんだ……」


 彼女のことが頭から離れない。

 17歳になったレオンはそれなりに健全な男子だ。ただでなくとも女性との出会いが少ない冒険者という職業で、あれ程に美しい女性を見て心を奪われない訳がなかった。


「おーレオン、今日は早ぇじゃねぇか」


 酒場で酒ではなく果実水(オレンジジュース)を啜るレオンに声を掛けたのは、同じ冒険者で一年先輩、たまに組むこともあるモリスだった。


「ん?モリスか。お前こそ早いだろ」

「俺は今日は運が良かったんでな。それよかどうした、お前なんか悩み事でもあんのか?」

「あー……お前、物凄く美人な女の子見たことねぇか」

「ざっくりしてんなぁ」


 呆れたように言うモリスに、ごく一瞬を必死で思い出して身体的特徴を伝える。


「うーん…………いや、見覚えはねぇな。どこで見たんだよ」

「カリーア森林の最奥だよ」

「うんお前それ見間違いだ。さあその無意味な恋煩いを治すために一緒に娼館でもどうだ?いい店見つけたんだよ、可愛い子がいっぱいいるんだぞ」

「行くかよ」


 モリスがにやにやと口元を緩めるのに蔑みの視線を向け、果実水を飲み干して酒場を出る。

 他の女性で自身を慰めることは、その女性にも悪いし、何より美しい彼女を汚すようで反吐が出る程嫌だった。


 レオンは来る日も来る日もカリーア森林に通い続けた。

 一年経っても二年経っても彼女が現れることはなく、しかしレオンは諦めることはできなかった。

 最奥の魔物を余裕を持って仕留められるようになってなお、レオンはカリーア森林に通うのをやめなかった。


 しかし日が経つにつれて諦めの気持ちも強くなり、あれがモリスの言った通り見間違いであったような気すらしてくる。

 20歳の誕生日、その日を最後に諦めようと、そう決めていた。

 そしてその日になっても、彼女は現れず。


 レオンは街を移ることに決めた。


⁑*⁑*⁑


 遡ること半年。


「おかしい」


 女神はある街に目を留めていた。

 その街で用いられている魔法の量は変わらないのに、消費している魔力量が増えている。調べてみると、その辺り一帯の大気中の魔力量が年々増加している。特に迷宮付近は顕著だ。


 迷宮とは、魔物がいる謎の場所である。地下に階層を作って伸びており、建物のような内装となっている。

 魔物がいる理由については、迷宮内の空気中の魔力量が多いからだという一説もあるが、まだ解明されていない。女神ですら原理が分かっていない。

 リポップと呼ばれる魔物の再発生により、基本的には迷宮内の魔物の数は一定程度に保たれているようだ。素材集めの依頼が多い冒険者にとっては稼ぎ場所だが、迷宮の数は少なく、レオンの住んでいる街にも存在していない。

 そして、迷宮から魔物が出てくることはない。――スタンピードを除いて。


 スタンピードは、迷宮から膨大な数の魔物が外に出てくる現象である。世界のどこかの迷宮で、数十年に一度程の頻度で起こる。

 スタンピードの被害を減らすため、迷宮から少し離れた場所に街ができた。よって、現在も迷宮は街の郊外にある。

 街に住む冒険者だけでは足りないことも多いため、近くの街の冒険者にも対処への参加の義務が課されている。


 何故迷宮から出てこない筈の魔物が出てくるのかは未だに解明されていない。しかし発生条件だけは解明されている。

 それは、迷宮近辺の大気中の魔力量が迷宮内と同じ程多くなることだ。


 そして、女神が調査しているその街も、魔力量の増加によって、一年程経てば迷宮内と同程度の濃度になると思われた。

 つまり、一年後にスタンピードが起こる可能性が高いということである。


 女神は下界に干渉はできない。スタンピードが起ころうと、だ。

 だが、暫く下界に降りていない女神は退屈だった。


「あら、半年後にお祭りがあるのね。……うーん、様子見も兼ねて実地計測をした方がいいかもしれないわ」


 嘘ではないが、明らかに言い訳だ。

 人間にとって半年は長いが、数千歳であり不老不死である女神にとってはほんの僅かな期間だ。久々の下界にわくわくしながら、女神は日々を過ごした。




 そして半年後。


「やっぱり上昇を続けているわね……」


 やはり降りてみた方がいいわ、と呟き、女神は3年ぶりに下界に降りた。

 お金を用意する(作る)ことくらい、女神には朝飯前だ。既存の硬貨をコピーするだけなのだから。

 ……神に人間の法は適用されない。


 るんるん気分で降りた女神はちゃちゃっと魔力濃度を確認した後、めいっぱいお祭りを堪能していた。

 生まれて初めてのお祭りだ。屋台で買い食いするのはなかなかに楽しい。

 そんな感じで気を抜いていたから、気付かなかったのだ。

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