三話 ホブゴブリンスレイヤーは考える
エルフの少女は、まるで死んだように眠っていた。
森の中は、昼間のように明るい。俺の持っている松明では、心もとなかったのだが、この明るさのおかげで、なんとか進むことができた。
そして、森の開けた場所に出た。そこには、大きなテントがあった。その周りには、数人の男たちが焚火の周りに座っている。
「お、帰ってきたか」
「ああ、遅くなった」
「おう、おかえり」
「みんな、ただいま」
「ああ、無事だったか」
「ああ、この通り、全員無事に戻ってきた」
「そいつはよかった。ところで、その背中の子は誰だい?」
「ああ、こいつは…………」
俺は、エルフの少女を地面に下ろしてから、これまでの経緯を簡単に説明した。
「なるほどな、そういうことかい」
「ああ、俺たちが見つけた時にはすでに酔っぱらっていてな」
「危険な森の中で意識を失うまで酔うなんて妙だな」
「ああ、そうなんだ」
「まあ、とりあえず、その子は俺に任せてくれ」
「ああ、頼む」
俺は、焚き火のそばにいた男、名前をブライアンというらしい、彼に少女を託した。
「一応言っておくが、酔いつぶれてるからって手は出すなよ」
「分かってるって、任せろ」
「よろしくな」
「ああ、じゃあ、そっちのお嬢さんも頼めるか?」
「ああ、もちろんさ」
「じゃあ、俺は、ちょっと見回りに行ってくるから、また後でな」
「ああ、気を付けてな」
「何かあったら知らせてね」
「ああ、分かっている。オーガストもしっかりな」
「ああ、行ってくる」
そうして、男はその場を離れていった。
「オーガスト、あんたも疲れてるだろう? まずはこの子を寝かせよう」
「そうだな」
「俺とアベルが見張りをする。お前たちは休め」
「すまない、助かるよ」
「ありがとう」
「いや、気にするなって。お前たちこそ大変だろ?」
「まあね」
「いい加減、あの子のことは放っといて、他のことをしたらどうだ?」
「そんなわけにもいかないだろ?」
「まあ、そりゃあ、確かに」
「まあ、それもそうだよね」
ゴブリン共の潜む森に、酔いつぶれた少女を放置していくことなどできない。
だが、だからといって、このままゴブリンの群れの中に居続けるのも危険すぎる。
結局、俺たちがゴブリンの群れを壊滅させるまで、エルフの少女はここにいるしかないのだ。
しかし、それはあまりにも無謀なことである。
俺たちは今、4人で行動しているとはいえ、それでもたった3人なのだ。それに、俺とアベルはまだしも、この少女は無防備過ぎる。
今はこうして眠っているが、もしも彼女が目を覚ました時のために誰か1人は起きていなければならない。
そのためにはどうしても、もう2人ほど人員が必要になってくる。ただでさえ少ない戦力がさらに減ってしまう。
「この槍に頼るしかないか……」
俺は街の武器屋で買ったばかりの槍を握り、使い勝手を確かめるように振るってみる。
魔法の槍だ。相変わらず、重いのか軽いのかわからない奇妙な手応えがする。
魔力を込めている間は実体化するが、そうでない時はまるで空気のように通り抜けてしまう。つまり、魔法が切れればただの棒きれ以下になってしまうということだ。
なんとも不便な代物であるが、一方で頼もしい面もある。
槍を売った老婆は、この槍には強い怨念が宿っていると言った。この槍で殺された何万もの命の怨みだ。
それが地獄への道連れを求めて、槍のつけた傷に癒えぬ呪いを与えるのだ。
正直、気味が悪いし恐ろしいと思う部分もあるが、少なくとも使ってる俺がこれで死ぬことはないはずだ。ならばそれで十分である。
あとは…… その時であった。
「おい! 今の音は何だ!?︎」
遠くの方から声が上がった。それに続いて、地響きのような音が聞こえてくる。
木々の隙間から外の様子をうかがう。
すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
森の外の平地には、大きなテントのようなものがいくつもあった。そして、そのテントの周囲には、武装した男たちの姿があった。
彼らは皆一様に馬に乗り、弓を構えていた。
その数はざっと見るだけで数百はいた。
ゴブリンの集団は、そんな彼らによって包囲されていたのだった。
しかも、それだけではない。その中央にそびえる巨大な天幕の中から、一際立派な鎧を身に纏った男が姿を現した。